雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪国富論 第五編前編≫

今回はアダムスミスの国富論要約シリーズ第五弾となります。

ここからは国富論Ⅲの収録内容となっており、二回に分けて要約します。Ⅲは第五編を収録しており、第五編の主題は「主権者または国家の経費・収入および公債について」です。夜警国家と揶揄されるように、「市場の競争原理を最大限重んじ、政府は国防や要素技術投資としての教育サービスの提供に努めるべき」というアダムスミスの政治経済学の原理のエッセンスが詰まったパートです。

本書の内容は現代社会の実態とは大きく異なるため、即時応用性は低いですが、原理原則を学ぶ意味では示唆に富んだ内容だと思います。ヨーロッパ社会の歴史を学ぶに格好の材料とも言えます。

 

※一編の要約は下記。

■要約≪国富論 第一編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

※二編の要約は下記。

■要約≪国富論 第二編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

※三編の要約は下記。

■要約≪国富論 第三編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

※四編の要約は下記。

■要約≪国富論 第四編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

国富論Ⅲ」

■ジャンル:経済学・史学

■読破難易度:中(経済学の概念を0から体系化した本なので、前知識がなくても読み進めれば原理や概念は理解することが出来ると思います。)

■対象者:・ミクロ経済学・政治経済学に興味関心のある方

    ・人類の発展の歴史に興味関心のある方

    ・資本主義の仕組みに興味関心のある方

 

【要約】

・今回の要約は第五編の第一章部分のみを扱います。第一章の主題は「主権者または国家の経費について」です。経費は租税を源泉としますが、どのような用途にあてがわれるべきかを歴史的変遷に着目しながら論証しているパートです。世界史と政治経済に興味関心のある人にとってはとてもワクワクする内容ではないかと。

 

■軍事費について

「狩猟⇒農耕⇒製造」と社会の生産形式が発展するに伴い、社会全体で分業が進んでいきました。その中で、国防を司る職業軍人という職業が誕生しました。国防を司るという名誉の基に、一般市民から徴収した税金を収入源として、軍事活動は成立します。軍事力の強化は科学技術の発展と相関しており、火器の発達と共に集団統率を前提とした軍備が主流化していきました。こうした軍事態勢は指示命令系統の統率がとれていることを前提に高いパフォーマンスを発揮する組織体系であり、故に専属で軍事業務に従事する人を必要とします。

「軍備というのは社会全体で分業をし、高い生産性を確保するための必要悪である」ということが本書で述べられている結論です。特にヨーロッパ社会のように、陸続きで他国と接点を持つ土地においては重要なテーマで、社会の進歩と共に国防に掛かる費用は増加傾向にあるとアダムスミスは指摘します。

 

■司法費について

・高度化した社会においては私有財産の概念が成立し、私有財産に関する取引を決める機関として裁判を遂行する司法機関は国が運営するべき社会保障業務であるとされました。目先の安易さや享楽を重んじる貧乏人から私有財産を守り、社会の秩序を形成・維持する為に司法は存在すると本書では説かれています。

※秩序のある社会というのは財産や名誉を持つ人が有利に生きる唯一の社会で、取引を再現性あるものに落とし込み、取引費用を最小化する為にこうした仕組みは追求されます。

 

■公共事業と公共施設の経費について

産業振興は政府の役割であり、通商条約の締結に代表される商業活動の促進は社会全体の利益になるので、租税を税源として行われるべきとされます。尚、他国との貿易はこの時代は国益に関わるものだったので、国営資本でやったほうが望ましいという価値観が主流でした。民間資本では私腹を肥やす方向にその権力のベクトルが働き、資本や労働の不活性は社会全体に害を持たらすと信じられていました。

 

■青少年教育の為の施設の経費について

・ヨーロッパ社会において道徳教育の基盤は宗教(キリスト教)でした。この時代の大学教育は聖職者を育成するための機関としての意味合いが強かったとされます。その為、言語や哲学がヨーロッパの大学の学問の中心に据え置かれました。科学技術に関する学問は主に17世紀以降に発達したもので、歴史的に見るとかなり浅いです。古来から万物に関する法則や神の営みを理解しようという観点での自然哲学(純粋科学)は学問として存在しましたが。

・道徳教育としての宗教を教える機関を経費により賄い運営していたのがヨーロッパの歴史としては長いです。「来世で救われる為に愚かな現世で敬虔な祈りを捧げ、ストイックに生きよ」という価値観を浸透させた所に宗教の社会的意義があったとされます。

社会の統治を司るものとして宗教組織は租税をする権利をもっていましたし、貧しい貧民から搾取することで低生産性の社会に甘んじることを受け入れ・望んでいたとさえ言えるのは歴史の皮肉です。

 

■結論

・社会の国防維持と元首の尊厳を保つための経費は租税をベースにするものであり、それは所得に応じた責任を負う方式が最も合理的とされます。

 

 

【所感】

・アダムスミスは「資本を回転させて、物質的な生産物を生み出すことで社会を豊かにするべき」という一貫した主張があり、国防と要素技術投資としての教育機能に政府は専念して、基本的には「市場の競争原理により資本を社会全体で効果的に活用し、労働にレバレッジをかけていくべき」という思想が色濃いです。批判的に論証する必要はありますが、分業により社会の生産性は向上し物質的に豊かになってきたというアダムスミスの指摘はもっともだと思います。

・ヨーロッパ社会を理解する上で、宗教は切っても切り離せないテーマだと思います。社会を統治するための必要悪として主権者が取り入れた宗教がそのまま社会全体の道徳哲学として浸透したのですから、極めて特殊な社会と言えるでしょう。カトリックプロテスタントと宗派が分立する中で、社会全体で支持される価値観が変容していき、科学技術や資本主義が社会に浸透し物質的に豊かになる道が確立され宗教権威が相対的に弱まっていったのは歴史を見ると明らかです。このあたりについてはマックスウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神が詳しく説明していますが、どこかで旧約聖書新約聖書を読み、自分なりに教義を理解するというプロセスを経る必要があるなと感じています。なので、どこかで重い腰を上げて読んでみようと再認識した次第です。

 

以上となります!