雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪近代世界システムⅡ前編≫

 

今回はウォーラーステイン「近代世界システムⅡ」を要約していきます。

資本主義をベースとした経済的な関係性を論じた世界システムで有名な学者の代表作で、Ⅱは1600~1750年代のヨーロッパ社会を中心に分析し、当時の中核-半周辺-周辺地域の相互作用のメカニズムを明らかにするのがテーマです。大航海時代農業資本主義の発達を経て拡大した経済市場は飽和局面を迎え、中核を構成する各国は重商主義政策を採用し自国の経済利益確保に努めます。そんな中でヘゲモニー国家としてオランダが世界経済の覇権を一時的に占めるにいたり、関係性が大きく変容する時代が近代世界システムⅡの世界線です。今回はⅡ要約前編ということで序章~第三章を取り上げます。

 

「近代世界システムⅡ」

近代世界システムⅡ « 名古屋大学出版会

■ジャンル:経済・歴史

■読破難易度:中(世界史と古典派経済学の知識があると面白く読み解くことが出来るかと。専門用語などはないので、前情報がないと読めないという類のものではないです。)

■対象者

・経済史について興味関心のある方

・システム論について興味関心のある方

・資本主義の原理に立脚したヨーロッパ各国の関係性について興味関心のある方

※過去の要約は下記。

■要約≪近代世界システムⅠ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪近代世界システムⅠ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

≪参考文献≫

■プロフェッショナリズムの倫理と資本主義の精神(資本主義と宗教の関係性について論じた本)

■要約≪プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

国富論(政治経済学の原理原則のエッセンスが詰まっており、近代世界システムⅡの時代についての言及もあり、相互補完としてオススメの本)

■要約≪国富論 第一編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪国富論 第二編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪国富論 第三編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪国富論 第四編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪国富論 第五編前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪国富論 第五編後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

【要約】

■1600-1750のヨーロッパ世界経済の位置づけについて

・一般的に収縮局面と評される1600~1750年代のヨーロッパ世界経済ですが、産業革命により、資本主義経済が大規模拡大していく前段階として資本主義経済による農業製造業への資本投資・市場形成を強固にした足固めの期間であった」という解釈がウォーラーステインの提唱する経済史観です。即ち、世界経済の構造を安定化させるために重要な期間であったと見なすことが出来るとされました。資本主義経済は封建制の危機に対する解」として台頭したと見なされ、同様の構造として社会主義「資本主義の危機に対する解」として台頭したとされます。

三十年戦争を始めとした宗教戦争中核(イギリス・オランダ・フランス)や半周辺(スペイン・神聖ローマ帝国・イタリア)が絶え間なく戦争を行い、その関係性や経済規模が再定義される過渡期として本書は記述されます。こうした制約条件の中で「限られた市場のパイの奪い合い」を志向してヨーロッパ諸国は重商主義政策に躍起になり、自国の産業ポートフォリオ優位性を志向することで国毎の色合いが出ていくのがこの時代の特色です。

 

ヘゲモニー国家として台頭したオランダ

ヘゲモニー国家とは「中核に区分された国の中でも、秀でて生産能力が世界経済全体の中で優れていた状態をもった国家」を指します。ウォーラーステインの定義として、ヘゲモニー国家は全時代を通じてオランダイギリスアメリの3つの国しか該当しないとされます。ヘゲモニー国家になるパターンは単純明快で、「農・工業の生産効率の最大化による商業的な成功」「貿易外収支の拡大(運輸・通信・金融での成功)」の二段階を経ることです。つまり、生産商業金融3つの側面で国際競争優位を構築した中核がヘゲモニー国家になるということです。

・オランダは「都市工業をベースとした生産活動」地政学的に恵まれた条件から生み出される中継貿易を通じた商業行為における「規模の経済」実現」「海運・金融サービスの国際的な供給」という3つの優位性を持ってセオリー通りに17世紀半ばにヘゲモニー国家として台頭しました。オランダは「ニシン漁業によるバルト海交易による優位性の追求」・「風車の発明」・「集約型農業の実践」など産業投資・技術革命を連続的に実現することで、資本主義経済における覇権を欲しいがままにしました。歴史的背景から商人階級の層が分厚く、宗教的な教義(カルヴァン派中心のプロテスタント国家)からも資本主義経済の原理原則に忠実(労働と資本の活用)に国家全体で勤しみ続けたことが主な要因と言えます。

 

■中核における抗争

・オランダがヘゲモニー国家として君臨した1650年頃から保護貿易路線の重商主義政策を各国が採用するようになり、競争が激化していきます。

・まず、中核のイギリスは航海法を制定し、海運の自由を制限するようになりこれはオランダの競争優位の源泉であった「中継貿易を物理的に断絶すること」を意図したものでした。「海運サービス・海上交易・東インド会社を通じたアジア交易」といった戦略・優位性の構造的類似からイギリスとオランダは経済的・政治的に激しく衝突を志向していくこととなります。

・フランスは西ローマ帝国フランク王国の名残の路線から一貫してヨーロッパ大陸の経済的・政治的な制圧を志向し、陸軍農業に集中投資し、ヨーロッパ世界経済の半周辺・周辺地域をフランスに従属させるような働きかけを志向するようになります。戦略選好性からも明らかなように、階級社会が強固にあり、利潤動機ではなく封建的秩序形成(名誉)にインセンティブが働きかつ、「カトリックの伝統的権威としての矜持」というフランスの国家性が垣間見えます。オランダやイギリスと異なり、東インド会社(アジア交易)は小規模であり、あくまで地中海ヨーロッパ地域の商業を優先しました。

・アジア交易の発達の中でヨーロッパ世界経済は大量の金銀需要が発生し、ラテンアメリカ地域の開発(インカ帝国・メキシコ・ペルーなどの鉱山開発)が重要テーマとなり、流れるようにアメリカ地域はヨーロッパ世界経済における「周辺地域」に組み込まれる形となりました。アジア交易ではヨーロッパ製品の需要がなく、金銀をコントロールする為にヨーロッパ文明はアメリカ植民地化・定住を促進しました。

・こうした局面を経て「貨幣の時間的価値」・「購買力売買」という価値・概念の重要性が増し、それに伴いヨーロッパ世界(特にイギリス・オランダ)で銀行金融機能が高度に発達するようになりました。宗教改革資本主義の過渡期にあったこの時代のヨーロッパ社会では階級間闘争という経済的衝突・政治的衝突という2つの危うさを抱えながら大国(主にイギリス・フランス・オランダ・スペイン・神聖ローマ帝国)はやり繰りをしていました。その結果、フランスは農業陸軍に重点を置き、イギリスは毛織物工業牧畜業海軍に重点を置き、オランダは都市工業商業金融業海軍に重点を置く形で産業ポートフォリオと政治力学を働かせていくようになります。

 

【所感】

・本書が言及している時代(1600-1750)は宗教改革農業/工業資本主義の浸透という2つのテーマからヨーロッパ世界経済を構成する諸国(中核-半周辺-周辺)の関係性が変容していく過程を記述しており、非常にダイナミックで面白いです。世界史的な面白さと資本主義や産業のダイナミックさを体感できる面白さも相まって、ワクワクしながら読み進めることが出来ました。資本主義経済は産業革命帝国主義を経て更に大規模化していく訳ですが、その過渡期にあるヨーロッパ各国の意思決定や思惑が浮き彫りになる内容でした。

システム論としても非常に重厚な内容となっており、外部環境の認識内部環境(優位性・戦略の探究)の整理という観点で非常に示唆に富んだ内容であると感じました。歴史や経済から現代に繋がる教訓や考えを借用出来るものと改めて感じさせられました。「短期的な果実と戦略の追求」をしながら、「長期的な成功を見据えた投資戦略や自社/自国の在り方の追求」をしていく難しさ、重要性のエッセンスが詰まっていると読み解いた次第です。

 

以上となります!