雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪社会政策 福祉と労働の経済学(前編)≫

今回は有斐閣アルマシリーズの「社会政策 福祉と労働の経済学」について要約していきます。主に社会保障制度と労働政策についてその制度設計の確からしさをミクロ経済学のモデルを用いて立証・解明しようとする仕立ての本です。本書はテーマが膨大な為、2回にわけて要約を進めていきます。前編の今回は労働政策社会保険にフォーカスして内容をまとめていきます。

 

「社会政策 福祉と労働の経済学」

社会政策 福祉と労働の経済学 有斐閣アルマ : 駒村康平 | HMV&BOOKS online - 9784641220584

■ジャンル:経済学・社会学

■読破難易度:低~中(前提知識がなくても読むことが出来る構成となっていますが、典型的な大学で使用されるテキストであるため読みにくさを覚える方もいるかもしれません)

■対象者:・社会保障制度に興味関心のある方

       ・労働政策に興味関心のある方

       ・公共事業・福祉・雇用領域に関わりのある方全般

 

【要約】

■社会政策はなぜ必要か

「市場の調整弁だけでは、資源の最適配分が実現しないので市場の失敗是正を中心に公共サービスを提供することで社会保障を拡充し、社会全体の生存権を担保しよう」というのが社会政策の主な狙いです。日本の社会保障政策は主に労働力創出による自立支援に重きを置いてきた歴史があります。社会保障セーフティネット所得再分配「リスク分散」「社会・経済の安定及び成長促進」という4つの役割を果たしてきました。具体的には所得保障サービス保障公衆衛生の3つに区分され供給されます。その中でも「高齢者の雇用創出」・「介護離脱防止に向けた雇用機会創出」・「女性の子育て前後の労働参画促進」などが現代の労働政策の重要論点とされます。

 

労働市場

・日本は長期雇用や新卒採用中心という慣習があり、確かに欧米(イギリス・アメリカ)よりは平均勤続年数は長いものの、大陸ヨーロッパ(ドイツ・フランス・イタリア・スウェーデン・オランダ等)と比べると平均勤続年数が短く人材の流動性は一定存在します。日本は大陸ヨーロッパと違い、勤続年数超過による男性労働者賃金の上り幅(女性労働者の賃金伸び幅は他国同様、横ばいか微増)が大きいのが特徴です。

※大陸ヨーロッパは長期就業と圧倒的な女性の平均勤続年数の長さが特徴ですが、賃金の伸び幅は小さいです。

・年功賃金は人的資本投資(OJT/OFFJT)により賃金が上がると説明されることが多いです。労働者に訓練期間や育成投資をするのはその後の労働生産性期待役割の増加を元々狙うから起こるのであり、「定型業務を特定範囲で遂行してもらうことを目的とした雇用」の場合、賃金の上がり様がなく、育成投資がなされる時間は相対的に短くなります。日本的経営としては「生産性より低い賃金を労働初期にあたえ、生産性より高い賃金を労働後期に与えることで長期就業のインセンティブを付与し定着率を高めるというやり方が定番でした。

・日本の女性管理職性労働の割合は先進国の中では依然として低いがこの30年で大幅に是正されているのは事実です。韓国は日本に比べて女性の労働参画が非常に低く、女性管理職が多いのはフィリピンアメリイギリスであり、女性労働者そのものの割合が多いのはノルウェースウェーデンなどです。育休・産休のフェーズにおいて労働市場から離脱し、その後に非正規労働者として復帰することが賃金格差や管理職比率に出ているとされるようです。

・日本の雇用環境の中で数少ない優れている点は「若年層労働者の失業率の低さ」であり、世界2位の高水準です。スウェーデンイタリアは労働環境が良い国として評価されていますが、実は若年層の失業率は世界でもトップクラスに高いです。これは新卒一括採用ジョブ・ローテーション年功序列型賃金という日本的経営の所以とも言えて解釈するのが難しいテーマです。

 

■労働条件

・日本の最低賃金都道府県別×産業別」の二軸で規定されます。労働者は個々の立場では弱いということから労働者が結束して権利を交渉出来る仕組みとして労働組合の結成が認められています。企業は労働組合の動向や組合員だからといって無下に扱うことは法律で禁止されています。日本は企業別の労働組合が多く、主に大企業中心となっています。労働者全体における労働組合参画率は日本アメリは同水準で労働者全体の1割程度です。逆に労働組合参画率が高いのはスウェーデンイタリアなどであり、長期就業が多く産業別の労働組合が交渉力を持ちます。一般的に労働組合の交渉力は「企業が代替人材を容易に調達できるかどうか」で決まるとされます。

 

■健康

・民間医療保険市場は保険会社とユーザーの間に罹患率に関する「情報の非対称性」が存在し、それこそがビジネスチャンスの源泉とされます。医者と患者の間にも「情報の非対称性」が存在し、それ故の逆選択の悲劇や過剰供給が発生します。一般的に民間医療保険においては保険料を引き上げると罹患率の極めて低いユーザーから撤退していき、罹患リスクのあるユーザーが加盟の中心になり医療保険ビジネスが儲かりにくい構図が生まれます。こうした問題から民間供給だけで保険が本来の役割を果たすことが不可能な為に、民間医療保険と併存する形で国が定める保険が必要とされます。

・保険には事前事後のモラルハザードが存在します。保険に加盟することで健康意識が低くなり、罹患率が上がるという事前モラルハザードと医療負担が低くなるようになったことで過剰に消費をするという事後モラルハザードが存在します。医療保険には国民健康保険(自営業・非正規労働者など)協会けんぽ(中小企業勤務者対象)健康保険組合(大企業勤務対象)・共済組合(公務員対象)などがあります。医療サービスは診療報酬・薬価基準・病床規制という3つの変数で国が主導となり需給を調整してきた歴史があります。社会保障の根幹をなし、生存や経済活動の危機をもたらさないようにするのは政府の責任範囲なので管轄が厚生労働省になるのは自然です。

 

■介護

・介護は育児のように家族サービスであるが、その性質が似て非なるものです。子供と違い、時期や人数の見立てがつかず突発的に発生するのが介護の難しい問題です。そして、子育てと異なり加齢と共に手がかかるようになり、いつまでやればいいのかのめどが立たない所も難しさを助長します。要介護度合いがある程度の水準へ到達するまでは家庭内サービスで賄う必要があるのが介護の現状です。介護をする側は兄弟がいない場合において、一人の負担が肥大化するという問題をかかえます。保障制度として存在する介護休業制度は93日しか存在せず、かつ賃金の40%支給という限定的な保障です。介護は現在の費用および将来の費用が見通せない点において難しさがあり、社会保障制度として公的支援がある程度担保されないと難しい領域とされます。

 

【所感】

社会保障制度と労働政策は生存権の根幹を成すものであり、経済合理だけで片付かない難しいテーマであることを改めて思い知らされる内容でした。日本的経営(年功序列・終身雇用・新卒一括採用偏重)や高度経済成長期の単調増加関数を描く景気を前提とした社会保障制度・雇用慣習が「未来永劫に有効である前提」に制度設計がされたことで、その綻びが顕在化し部分の修正を試みるものの結合性にかけて事態を改善するに至っていない、というのが昨今のトレンドに関する一連の解といえるのでしょう。

・消費や生存の確からしさが担保されないと雇用や生産活動が活性化しないというのはその通りであり、社会保障制度と労働政策というのは経済活動を健全化・活性化するための土台として欠かせないテーマであることがよくわかりました。人材ビジネス・保険ビジネスなど民間市場による供給で解決できるテーマ・範囲は限定的であり、かつそれらの命題は経済合理だけで済まない価値基準がついて回るものです。制約条件・前提を是としてどうあるべきかというのは民間事業者としての職業倫理やビジョンが求められるものだなと感じました。

※経済活動の根幹を成す領域なので消費の優先順位が高くマネタイズすること自体は容易だと思うのですが、出来ることや影響インパクトは限定的であり、その中でどうしたいか?という事業者としての意思や倫理が強く求められるなと。

・経済活動というものが社会の根幹をなし、様々な変数により構成されているということを改めて認識することが出来たのでその点においても非常に考えさせられる内容でした。公共経済学の領域についても学びを深めていくと面白そうに感じた次第です。

 

以上となります!