今回はジョセフ・E・スティグリッツの「公共経済学」要約下巻の前編となります。下巻は租税と地方行政に関する理論を掘り下げた内容となっており、今回は租税理論に関してまとめていきます。
※(上)前編まとめは下記。
■スティグリッツ公共経済学(上)前編 - 雑感 (hatenablog.com)
■スティグリッツ公共経済学(上)後編 - 雑感 (hatenablog.com)
「スティグリッツ公共経済学(下)」
■ジャンル:経済学
■読破難易度:中(文章自体は非常に平易ですが、ミクロ経済学の知識をフル活用してモデル化を試みる内容なので前提知識が必要となります。)
■対象者:・政府の経済活動について興味関心のある方
・市場と公共セクターの棲み分けについて興味関心のある方
≪参考文献≫
■経済学および課税の原理(リカードが古典派経済学の立場から政府の市場介入・経済活動について論じた本)
■要約≪経済学および課税の原理(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪経済学および課税の原理(下)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■雇用、利子および貨幣の一般理論(積極的な政府の市場介入を推奨したケインズ経済学のエッセンス)
■要約≪雇用、利子および貨幣の一般理論(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪雇用、利子および貨幣の一般理論(下)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■組織の経済学(外部性について取り扱ったミクロ経済学の本)
■要約≪組織の経済学 Ⅰ部~Ⅲ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪組織の経済学 Ⅳ部~Ⅴ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪組織の経済学 Ⅵ部~Ⅶ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■租税制度
・良い租税制度は5つの要素を持つとされます。
「経済効率がある」
「行政上の簡潔さがある」
「柔軟性がある」
「政治的責任の透明性がある」
「公正である」
・租税は労働供給や貯蓄/投資の意思決定決定など様々な経済的影響を伴うので、「何の為に活用するのか?」・「誰の便益にかなうのか?」が確かであることが根本的に重要な制度とされます。その一方で、「誰の幸福を優先するか?」という価値基準の問題でもある為(ステークホルダーにより価値基準や条件が異なる)、租税理論は常に解釈が分かれる宿命にある性質を持つと言えます。
■租税と経済効率について
・課税には所得効果と代替効果という2つの側面が付きまといます。即ち、「課税行為そのものが経済全体の消費や貯蓄・投資などの意思決定に影響を及ぼす」ということです。この前提を加味して税制を運用しないと、「公共支出の原資としての租税行為自体が市場の失敗を招く」という皮肉・悲劇が発生してしまいます。
・特定の財・ステークホルダーのみへの租税行為は需給曲線双方に影響を及ぼす外部性を帯びます。例えば、累進課税制度は労働供給や予算制約に影響を与えることになる租税制度です。「租税の効率性・公平性」の観点では公共セクター的には素晴らしい租税制度ですが、その弊害(市場・家計の経済活動抑制リスク)を慎重に加味しないといけません。
・租税や補助金は必ず労働供給・消費活動・生産活動全てに影響を及ぼします。「余暇と労働の選好性」は個人に寄りけりであり、社会保障政策や社会全体の労働供給量など様々なスコープに影響が発生するという側面を注視しないといけません。
■最適課税について
・租税は分配目標と効率性の間にトレードオフを構造的に生み続けるものです。消費税のような一括課税は「公共支出の原資確保」という目的に照らした時に、最も公平性がありますが、「パレート最適」という目的に照らした際は所得税のような累進課税が最も合理的というケースも発生します。
・租税行為は外部経済・外部不経済をもたらすことから避けられない宿命にあるので、その性質を考慮し、「余暇と補完関係の財(嗜好品)」は課税・「労働と補完関係の財」は補助金という棲み分けが望ましいとされます。もう少し、抽象化すると財の価格弾力性と租税ロジックは連動させるべきと言えます。
■資本課税の可否について
・資本課税は「経済活動を大きく阻害する」・「行政上の手続きの煩雑さ」の2点から敬遠される傾向にあります。資本収益への課税は貯蓄と投資の意欲を大きく減衰させることになります。※富裕者の稼ぎの多くは資本投資にあてがわれる為、結果として租税回避に繋がっているという指摘も存在します。
・資本投資への課税は資本家階級の特権であるため、課税をするべきという意見もあれば、投資や貯蓄を抑制する負のインセンティブになることは経済活動を大きく損なうのでやめるべきなど様々な解釈が分かれるのが資本課税の可否です。詰まる所、「誰のどんな便益を優先するか?」という価値基準・角度により結論が異なるということです。
【所感】
・効率性と公平性を両立させながら、公共支出の原資を確保する為に租税は大きな役割を果たします。パレート最適や分配という本来の目的を果たすにあたり、「租税行為自体が外部経済・外部不経済をもたらす」という紛れもない事実は非常に解釈が難しいと感じました。
・民間のビジネスの世界に長らく身を置く自分としては資本市場や公共政策などとは無縁の世界で生きてきましたが、その役割・影響力の大きさを改めて思い知らされる内容でした。それ故に、この市場に対峙する優れた洞察を持つ人材が大量に産業従事することが経済発展・公共政策の実現において重要な要素になりうると感じた次第です。
・また、各論ですがそもそも累進課税制度が機能するのは先進国のようなインフラシステムのある国でしかできない芸法であり、発展途上国では税収確保の為に「嗜好品に高額納税を強いる」というソリューションしかないというのが新鮮な洞察でした。システムを構築し、運用していく健全さ・効率性の追求というのは特定の文脈でしかできない限定的なものであるということを改めて思い知らされた次第です。
以上となります!