雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪市場と企業組織≫

 

今回は「市場と企業組織」を要約していきます。
著者のウィリアムソンは2009年にノーベル経済学賞を受賞しており、「組織経済学」という学問領域を大成させた人です。バーニーの「企業戦略論」の参考文献に本書が記載されており、いつかは読んでみたいと考えていてようやく辿り着けました。
「ある成果物を手に入れる為に市場取引を通じて手に入れるか?それとも内部組織化して手に入れるか?」という命題に対して市場のメカニズム・企業の内部組織特有の機能に着目して考察されています。
戦略オプションとしての垂直統合」・「分権化」・「コングロマリット組織≒多角化などの施策の可否についても検証されており、非常に深みのある内容になっています。※技術の内製化・独占市場などに関する考察もありますが、今回は割愛します。

 

「市場と企業組織」

市場と企業組織 | オリヴァー・イートン・ウィリアムソン, 浅沼 万里 ...

■ジャンル:組織経済学・経営学
■読破難易度:中~高(戦略論や経済学の最低限の知識がないと置いてきぼりになるかもしれない内容です。)
■対象者:・経営学を経済学的アプローチから検証することに関心のある方・戦略と組織の関係性について興味関心のある方・経済学を専攻したことある方全般

【要約】
ミクロ経済学や産業組織論・労働経済学等は単一分野で世の中を説明することが出来なくなってきたので、市場と企業組織という対象に区分して経済学を体系化しなおした方が世の中をうまく説明出来ているであろう」という投げかけから本書はスタートします。即ち、「市場の価格調整機能・取引費用的な概念」と「企業の内部組織に働く力学」を統合して考察することが必要であるということを説いています。

 

■市場取引VS内部組織を巡る基本的な考え方
・市場取引では競争原理が働くことで、企業努力の結果としての製品/サービスを享受することが出来る
・市場取引では買手と売手において情報の非対称性が発生するので、機会主義的な動きが発生することが避けられない
・内部組織化することで買手と売手が交渉をして取引が行われるプロセス(これをコストであると捉えます)をカットできるから、意味がある
・内部組織化することで、組織マネジメントの効用を活用し、市場取引よりも優れた成果を創出意図することが出来る
という4つの双方の立場から述べた見解をベースに、企業が取る戦略オプション(垂直統合)および組織形態が説明できるという立場を取っています。

 

垂直統合
・基本的に「自社のコア・コンピタンス周辺領域並びに業界のKSFに値する機能を中心に垂直統合は図るべき」という見解が取られます。
垂直統合の効用は「価格差別化」「参入障壁形成」の2点であると本書では説かれており、闇雲にやるものではない(市場の競争原理も一定優秀であり、自前化するのは自社が得意または大事な部分に限定せよ)ということが述べられています。
垂直統合の方向性の親和性は業界構造にもよるとされており、
 後方統合(生産機能・R&D等)はインフラや化学などの設備産業と親和性が高く
 前方統合(販売・サービス等)は消費財や中間財等の産業と親和性が高いとされます。

 

垂直統合の限界
・上記のような効用がありながら、完全に垂直統合を行うことがベストにならないのはなぜか?ということが述べられます。
それは「内部組織化することにより、内部調整コストが増して経済合理に欠ける組織規模が存在する為」ということになります。
大規模組織あるあるの事象ですが、本書的な言い方をすると「限定された合理性※部分最適的な行動が蔓延る」を生むということです。
・組織規模の増大化によりPL責任や顧客折衝などを伴う人員の割合が相対的に減少し、間接業務に従事する人が増えすぎると組織面から腐るということを言わんとしています。

 

■分権化
・組織は発展の過程で必然的に分権化(機能別組織⇒事業部制組織)に変化するということが述べられます。
・有効に機能するためには「総合本社と事業部の適切な役割分担及び情報連携・適度な緊張感のある力関係」が必要と言われています。
もう少し噛み砕くと、総合本社範囲の経済実現に向けた全社戦略の策定・執行事業部市場ニーズを捉えた適切な事業戦略の策定~実行及び事業部人材育成に責任を持ちやりきるべきとされます。
・また、多角化にも言えますが分権化は事業部間の競争力学を働かせ、いわば「ミニチュア版資本市場」のようなメカニズムを働かせることが可能であり、内部組織化し、情報や資源をコントローラブルにしながら市場取引のような競争原理による適正化を追求できる良いとこどりの要素があると言わんとしています。

 

コングロマリット組織(≒多角化
・分権化が進展した先には非関連事業を多数持つ企業組織が誕生します。その規模になるともはや資本市場のような様相を呈するのですが、内部組織化することで経営資源配分のコントロール」・「適切ではない経営者を始めとした人材の更迭」が市場取引に比べて容易になることがこの組織形態をとる理由になると述べられます。
・実際に市場平均以上の成果を上げるには
「限定された合理性の突破」
「総合本社および事業部トップにおける優秀な人材の確保※それぞれの目的遂行にコミットしながら、双方歩み寄るような調整が必要である為」
などが必要であり、成立条件は極めて難しいとも説かれています。
※尚、日本では高度経済成長期~バブル経済まで保護貿易的に特定産業へ集中したり、財閥のような一部の組織に大規模な権限を付与することで国際競争力をつけてきた
歴史があるので、コングロマリット組織の歴史は比較的浅いです。


【所感】
・所謂、論文集なので経済学部生の記憶を思い出しながら面白く読み進めました。※骨太な内容なので少し時間をかけながら読み進めました。
・「過去の経営学で論証されてきた内容について経済学の原理や組織論をスコープに入れないと、現象を正しく説明できないよね?」という警笛も含まれている内容で実際に本書が著された後の20世紀後半~21世紀においてはゲーム理論・組織行動学・行動経済学等も重要視されてくるようになったので、潮流を捉えた内容だったのだと思います。
・本書を実践に活かすとしたら
 「組織と戦略は独立で論証するものではなく、双方の側面から物事を捉えるべき」
 「機会主義的な人間の取引行為と内部組織マネジメントの威力は計り知れない」
ということが言えるのだと思います。戦略論単独を学んでも実務に活かそうとすると頭でっかちになるだけでおしまいですし、かといって組織論の見地だけでは正しく企業の意思決定を捉えることは出来ないということも同時に言えます。
なので、こうした領域の本は「実践に即応性は低いけど、概念や理論成立背景を知り、実務に応用することで実践知にようやく変容する息の長いもの」ということが言えるのだと思います。
・読むのはかなり骨が折れますが、こうした学術的な見解のある本を読み解き自分のものにするプロセスは、過程で関連領域についても調べたり学ぶ必要が
必然的にあるので、学習効率としては結果として非常に高くオススメなのではないか?と個人的には思っています。
・少しエネルギーを使う内容なので、また時間をおいてから再読してみたいと思います。※こうした類の本は半年以上置いて再読するとかなり違った見え方をする実感があります。

 

以上となります!