今回はポール・ミルグロムとジョン・ロバーツの共同著書「組織の経済学」を要約していきます。著者は2020年にノーベル経済学賞を受賞しています。
「企業組織には市場取引とは異なるメカニズムが働き、内部組織に纏わる経済学を体系化」した本です。産業組織論・ゲーム理論・行動経済学・全社戦略/事業戦略などの各論を集約した学問領域です。尚、企業組織側にフォーカスし、経営戦略の意義について論証したのは「市場と企業組織」という本でこの本もオススメです。
■要約≪市場と企業組織≫ - 雑感 (hatenablog.com)
本書は7部構成の分厚い本なので、3回に分けて要約をしていきます。
1回目の今回は1部~3部を取り扱います。
1部は経営組織の価値について、2部は市場と組織のコーディネーションの有用性について、3部は契約・インセンティブをテーマとしています。
「組織の経済学」
■ジャンル:経済学・経営学
■読破難易度:中~高(ミクロ経済学・経営政策などの基本的な理論を理解している前提で論証が進むので、背景知識がない人は少し時間がかかるかもしれません。バーニー氏の「企業戦略論」などを読んでから読むとわかりやすいと思います。)
■対象者:・市場取引・内部組織どちらが優れているかについて興味関心のある方
・ゲーム理論・行動経済学がどのように企業経営に応用されているか知りたい方
・組織内部特有の人間の行動に興味関心のある方
【要約】
■企業が高度な組織化を追求してきた理由
・20世紀を通じて「所有と経営の分離」を徹底することが資本を最大限活用できるという結論に辿り着き、重要な取引を内部組織化する動きを各社追求しました。その中で事業部制組織・コングロマリット組織などの組織形態や垂直統合・多角化などの戦略オプションが検証されました。
・組織内部に特有の経済学が成立し、部分のエネルギーをあるべき方向に束ねる為の組織設計が必要であるということが明らかになりました。※東欧諸国の共産主義・中央計画経済が資本主義経済に大敗を喫したことで明らかになっていくという皮肉があったと本書では評されています。
■経済組織と効率性
・組織は契約の束と表現されます。「集団のエネルギーを一つの方向に集中させることで高い成果を生んだり、分業を促進すること」が主な効用とされます。即ち、継続的に繰り返される取引を取引費用無に手に入れる為の有効な手段と言えます。
・企業組織は「活動を専門化し、社会全体で分業化と規則的な取引をする契約を交わすこと」で高い生産性を確保しています。分業を実現するためには高度なコーディネーションが必要であり、そのコーディネーションには適切な情報資源に各組織がアクセス出来る必要があります。
・この情報の非対称性を生むことが出来る為に、一部の取引は内部化したほうが市場取引よりも望ましくなるということになります。価格により価値を可視化して取引を行う市場取引は多くの場合において中央計画経済よりも有効であるとされます。
※高度な情報にアクセスできる為、投資採算性が市場取引より高まるということです。
■価格が取引に及ぼす影響
・価格は異なる製品やサービスの価値を一つの価値尺度に収斂させることで取引を促進する価値を持ちます。利潤追求・効用最大化という買手・売手本来の目的に忠実な取引を促進し、社会全体の資源配分最適化が促進されるとされます。
・この「資源配分のコーディネーション」と「買手売手の動機付け」という市場の優秀なメカニズムは内部組織化した際にも十分効力を発揮するとされております。それ故に、企業は取引の一部を内部組織化(例:垂直統合して製造・販売を一気通貫で賄うなど)するモチベーションが存在すると本書では説明されます。
※情報の非対称性によるリスクが市場取引に比べて抑えられる為、投資家サイドからみても垂直統合や多角化のような企業戦略は経済合理にかなうということになります。
■機会主義・限定合理性
・企業が内部組織化する動機は内部移転価格(内製化することで安価に製品やサービスを受けることが出来るようになる)・機会主義的行動の削減・投資採算性向上(情報の非対称性が市場取引に比べて相対的に解消される為)の3点であるとされます。
・内部組織はその組織目的の達成の為に分業を積極的に行うことになるのですが、その結果として内部組織内で限定合理性(部分最適が全体最適を侵害する)という新たなリスクが発生します。集団的怠業に代表されるモラル・ハザードのリスクは内部組織においても避けられない訳ですが、それでも「内部組織は市場取引よりも有意であることが多い」と本書では評されます。理由は評価制度設計・ビジョン策定などの組織運営マネジメントにおいて個人と組織のベクトルを合わせるインセンティブを人為的に設計できることにあるとされます。
※企業においては階層組織で役職を経るにつれ、部分の成果に責任を負う段階から非財務の貢献範囲を広げる責任を負うようになる(動機付け・集団的意思決定など)のはこうした内部組織の効果を最大限発揮することからも明らかかと。
・モラル・ハザードが発生する条件は3つとされます。
「利害が相反する可能性がある」
「利益を目指した個人間取引が推奨される環境」
「契約事項の実施有無を確認する術が難しい場面」
・代表的な対策は監査等にモニタリングをさせることで、これは企業社会においては取締役会や監査法人、本社スタッフが役割を果たしています。内部組織においては契約不履行の行動を罰する規則や契約を遂行するインセンティブを施すなどの対策を講じることが出来るのでは対策の仕様があるとされます。
【所感】
・読解に時間がかかりましたが、個人的に関心の高いテーマなので、楽しく読むことが出来ました。「市場と企業組織」で論証されていた内容を経済学サイドから詳しく検証するとこうなるということがわかり、理解が深まりました。
・当たり前ですが、本書を読んで改めて「会社は株主の為であり企業価値向上をスコープに日々の行動や意思決定をしていくという視座を失わないようにしないといけない」なと感じました。ファイナンスや管理会計についても学び直しをしてみたいと思った次第です。
・経済学と経営学は時に融合し、時に衝突をする訳ですが本書のようにある命題に対して双方の学問からアプローチをして論証をするというのは理解が深まりますし楽しいなと感じました。逆説的に根本を司る古典派経済学やミクロ経済学なども学び直しをしてみると新たな発見がありそうだと思った次第です。
以上となります!