今回は「組織の経済学」要約その3となります。
3回目の今回は6部~7部を扱い、今回で終了となります。
6部は「資金調達:投資・資本構成・コーポレート・コントロール」について、7部は「組織のデザインとダイナミックス」をテーマとしています。資本配分による企業行動の制約や制度設計がもたらす企業活動への影響などについて体系的な理論が展開されます。
※過去の要約はこちら。
■要約≪組織の経済学 Ⅰ部~Ⅲ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪組織の経済学 Ⅳ部~Ⅴ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
「組織の経済学」
■ジャンル:経済学・経営学
■読破難易度:中~高(ミクロ経済学・経営政策などの基本的な理論を理解している前提で論証が進むので、背景知識がない人は少し時間がかかるかもしれません。バーニー氏の「企業戦略論」などを読んでから読むとわかりやすいと思います。)
■対象者:・市場取引・内部組織どちらが優れているかについて興味関心のある方
・ゲーム理論・行動経済学がどのように企業経営に応用されているか知りたい方
・組織内部特有の人間の行動に興味関心のある方
【要約】
■資金調達の構造決定について
・企業は負債と株式でポートフォリオを組み、それぞれの資本供給者とコミュニケーションを取っていきます。フリーキャッシュフローと残余収益がどのくらいあるかにより投資の採算性・魅力度は規定されます。
・日本は伝統的に負債偏重の銀行依存の強い資金調達手法を長らく採用してきました。株式も相互保有による安定運用をベースとしたものが多く、近年のような株式投資偏重のファイナンス理論が展開されるに至ったのは経済史の中で見るとかなり短い期間の最近の出来事と言えます。
※ビジネスの主戦場が製造業⇒金融業・情報通信業・サービス業と大きく転換をしたことでエクイティ・ファイナンスの重要性が増したという追い風もあったと言えるでしょう。
■古典的ファイナンス理論の定理
・有名な2つの定理が存在します。
≪フィッシャーの分離定理≫
「企業の投資は所有者の消費決定と切り離して所有者の選考とは無関係に決定出来る」≪モジリアーニ・ミラー定理≫
「投資家が企業と同じ条件で借り入れ・貯蓄が出来、企業によるファイナンスの決定がキャッシュフローに影響を与えないならば、負債とエクイティの構成比率の選択及び配当決定は企業の市場価値にいかなる効果もおよぼさない」
■コーポレート・コントロールの歴史
・資金調達において、フランス・日本・ドイツなどは圧倒的に負債比率が多い国であり、イギリスやアメリカなどは株式比率が多く、早期よりファイナンス理論を独自に進化させてきた歴史があります。株式は有限責任であると同時に株主の権利も得ることが出来る為、機関投資家の台頭によりキャピタルゲイン重視の経営が叫ばれたり、資本政策の一環としてMBOブームが起きたりと事業運営以外の所で大きな論争が叫ばれた時代でした。
・範囲の経済追求・非連続的な事業成長など大義名分は異なれども、企業の買収・売却は物凄い数行われるようになり、古典派経済学の時代では想定しえないほどファイナンスに関して頭を働かせることが企業経営のウェイトを占めるようになりました。
※こうした試行錯誤の結果、コーポレート・ガバナンスの浸透や新興産業向けの株式市場などが整備され、産業振興が促進されたという風に見ることも出来るので、是非を問うことは出来ません。
■企業の組織構造の変化
・古くから存在する組織は官僚制・軍隊組織・正教会などで、いずれも「指示命令系統を単一にし、統率を保つことで組織の最大火力が出るようにする」という狙いを持っていました。企業組織においても伝統的には上記のような組織構造を志向することが多かったのですが、2度の戦時需要を経て事業部制組織の採用がもたらされる中で話は変化していきました。
・シアーズ・スタンダード石油・デュポン・GMなどがこれらに取り組んだ先駆者で、事業部制組織が開発され、その戦略オプションとして垂直統合や多角化が試行されたという順番です。金融市場の発達と共に、関連事業の多角化は勿論、コングロマリット組織のような非関連事業の多角化なども戦略オプションとして台頭し、企業経営の変数は指数関数的に増えていきました。
※管理職能がこれほど重視されるようになったのはそれだけ産業社会が高度化し、組織に求められる要件が高度化したということでしょう。
■事業部制組織の効用
・事業部制組織は市場のニーズに柔軟に答える運営を実現する一方で、「事業部間・機能組織間の連携を複雑にし、本部の統率や事業部の管理職レイヤーのハイパフォーマンスを前提に運用される」という実行面の難しさを孕んでいます。内部移転価格と呼ばれるような安価な値段で市場取引を介することなく資源を調達することが出来る点は事業部制組織の内部組織の優越点と言えるでしょう。そして、ミニチュア版資本市場を形成することで投資対効果を得やすいという側面も持ちます。
■企業の垂直的境界と関係
・垂直統合は「サプライヤーへのインセンティブを減らし、サプライヤーのモニタリングコストを削減すること」が経済合理にかなうとされています。一般的に言われる独占的な技術の連携・共有による参入障壁の形成はあまり行われないようです。
・他の垂直的関係として協働組合や自動車販売代理店などが行うライセンス付与によるフランチャイズマネジメントなどが挙げられます。協働組合は規模の経済を生み出し、そこに競争を発生させないことで市場全体の便益にかなうことを意図して行われています。電力や水道などが公共セクターにあるのと同じような原理です。フランチャイズ制はブランドや製品そのものが競争優位であり、販路さえあれば勝手に広がっていくタイプの主に消費財において有用な企業戦略です。
【所感】
・主にファイナンス理論と経営組織論に関する考察パートが大半を占めております。本書の内容を手っ取り早く理解したい場合、「コーポレートファイナンス 戦略と実践」と「市場と企業組織」を読むのをおすすめします。「制度設計の妥当性がどこにあり、どのように人間の行動に影響するのか?」という観点に着眼して論を展開していくのが本書の特徴です。
・株式による資金調達が中心となった企業社会を生き抜く上では株主を尊重する視点は避けて通ることが出来ません。現場で事業に取り組む自分が得た学びとしては「事業サイドにとってのインセンティブと投資サイドにとってのインセンティブをうまく両輪で回していく視点を持ち、二律背反になることなく理想を追い求めていく必要がある」という示唆でしょう。
・その一方で逆説的ですが、あまり目先のファイナンス理論や経営学の論理に踊らされることなく、社会システムを形づくる原理原則を自分で学び自分の言葉に落とし込み、実社会の振舞いに反映していくという今行っている読書への向き合い方が引き続き重要だなと気づかされた本書でもありました。経済学・政治学・哲学・宗教学などの根幹をなす思想体系を理解し、自分の物にしていく為に歴史的な偉人に稽古をつけてもらうという謙虚な姿勢は絶やしてはいけないと感じました。
以上となります!