今回はリカードの「経済学および課税の原理」要約その2となります。下巻は課税原理中心の内容となっております。課税は「政府の収入源であり公共サービスの提供に不可欠でありながら、過度な徴収は市場活動(民間セクター)を阻害する」という難しさがあり、その前提に論が展開されます。
※上巻のまとめは下記。
■要約≪経済学および課税の原理(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■経済学および課税の原理(下)
■ジャンル:経済学
■読破難易度:低~中(比較的平易な言葉で書かれており分量も250ページ程度です。国富論を読破した後に読めば非常に読みやすいと思います。)
■対象者:・古典派経済学の理論について理解を深めたい方
・課税原理・固定資本の原理原則について興味関心のある方
・公共セクターに関わるか方全般
【要約】
■賃金に対する租税
・現代でいう所得税に該当するものです。利潤から賃金が支払われるので、結果として資本家階級・労働者階級両方から平等に徴収する租税の性質としては望ましいものとしてリカードは論じます。リスクは課税分を見越して商品価格に転嫁され価格が高騰する可能性があり、それにより貨幣価値が下落し、結果としてインフレを引き起こす可能性があります。
■特定の産業に傾斜をかける租税方法について
・古典派経済学の時代において、資本投下先として有望な産業は農業と製造業が存在します。だからといって、特定産業にテコ入れするような租税(例えば製造業に掛かる資本に対しては農業への資本投資に比べて高額の租税を強いるなど)は結果として市場の競争原理に大きく負の作用をもたらす為、望ましくないとされます。
・「資本と労働を最大効率で活用し生産活動を最大化させることで物質的に豊かな社会を目指す」というのが古典派経済学の思想ですが、リカードは「政府の租税により市場原理を一部是正したり再分配を促すことも必要である」というマクロ経済学的な見解も本書で披露しています。
・尚、リカードが穀物と労働を経済取引の根本的価値と見なしている点は食料生産システムの確立が国家の至上命題である点・単純労働中心の産業レベルである点の象徴と言えるでしょう。現代においては農業生産性の飛躍的な向上と国際貿易の推進・知識労働者階級の台頭等により上記概念のそのまま成立する社会ではなくなりました。
■労働価値説
・「財の価値は生産に掛かった労働「量」により規定される」という労働価値説がリカードの代表的な見解です。この時代は「価値の尺度は貨幣である」「穀物である」など様々な論争が繰り広げられましたが、リカードは一貫して「労働量」と置きました。「生産が容易になり機械に置換され、労働が投下される割合が減ればそれだけ賃金がかからないので商品自然価格は小さく据え置かれるようになる」というのがリカードが労働量を根本価値と置いたロジックです。
・尚、商品に対する需要を規定するのは効用なので、商品市場価格が需要に影響を受けるのは間違いないですが、自然価格は投下労働「量」に規定されるという乖離が存在します。その差を埋めれば埋めるほど財の収益性は高くなりますし、個別性が高いと秀逸な経営を出来ているということが言えます。
■比較貿易論
・リカードの貿易論は比較貿易です。「貿易政策や特定の産業を保護し奨励金を敷くといった政策で産業のポートフォリオを政府は組むことが出来る上、自国の有利な産業は輸出により財貨獲得の源泉にするべき」というのが主張の骨子です。
・アメリカやヨーロッパ諸国は資源ビジネスをするに足る優れた自然条件・地理的なアドバンテージを享受していたので、資本主義経済の原理を最大限活用して富を形成することが出来ました。この比較貿易論は部分的に現代でも世界各国の思想に大きく影響をもたらしており、慧眼は圧倒的と言えます。
※この説においてリカードは「生活必需品に対する市場において一部の経済主体が独占的な利益・特権を享受するというのは財の性質上あってはならない」という点にも言及しており高い視座が見えて取れます。
■機械という資本の効用
・機械は労働を節約し優れた生産活動を生み出し「労働量=財の価格」とした際に商品市場価格を下げ、物質的に豊かな世界の実現に貢献すると見なされてきました。リカードは機械は「労働量を置換する存在になり、生産量はそのままで労働需要を減少させ、労働者階級を大きく阻害するリスクを持つ」と示唆しています。
・機械の採用により労働量が削減され、賃金支出が減る為資本家階級の取分が高まるとリカードは主張します。「機械の使用は長期的には労働者階級の需要に支えられ製品市場を阻害していく副作用がある」と示唆します。この「労働者階級の利益と資本家階級の利益の対立の溝は大きい」という示唆はマルクス経済学に引き継がれます。
※尚、上記懸念はイノベーションを前提としたシュンペーターの景気循環論の認識不足やケインズ経済学の公共投資による有効需要創出の概念、そもそも労働者を肉体労働階級としてしか定義していない為に起きた事象で、現実は予想と反しました。
【所感】
・リカードが本書で展開した論はマルクス経済学やケインズ経済学の誕生に大きく寄与したとされています。特に、「政策(資本に対する課税・金融利率・公債の売買等)により需給曲線に働きかけることが出来る」という示唆はケインズ経済学の有効需要の概念そのものです。
・「民間セクターと公共セクターが役割分担をして物質的に豊かな社会を目指していくべき」という政治経済学ど真ん中のリカードの主張は至極全うで読んでいてとても心地よいものでした。読み進める中で自身の知識が浅い財政学やマクロ経済学について理解を深めたいと思うようになり、理解を深めた上でもう一度読み返す時間を作りたいなと感じました。
・本書で展開された機械に関する考察は結果として外れることになりましたが、それだけ社会全体の労働生産性が上がったということです。リカードの懸念は知識労働者階級の台頭・株式市場の活性化などに杞憂となりました。経済学の原理を全うに実践した結果、社会が良くなったという象徴的な事例なのではないかと感じました。
以上となります!