今回はマルサスの「経済学における諸定義」を要約していきます。人口論で有名な古典派経済学の代表的な理論家であるマルサス往年の作品です。アダム・スミスが古典派経済学の理論を構築してから後続研究が進み、専門分化していく過程で経済学に関する基本概念を表現する用語の定義・解釈が人によりバラバラである過渡期にある現状を憂いて、「代表的な著作・学者を引き合いに意味を正していきながら古典派経済学を編み直す」という壮大な構想の内容です。また、経済学を政治学・哲学などの社会科学同等の付加価値を持つ学問化するのであるというマルサス氏の強い気概も感じられる本です。
「経済学における諸定義」
■ジャンル:経済学
■読破難易度:中~高(基本的な経済学の理論の枠組みが理解出来ていないと、何も面白くないと思われます。教科書や代表的な経済学者の著作を読んだ上で読むことをオススメします。)
■対象者:・古典派経済学体系化プロセスに興味関心のある方
・近代世界における社会科学発展のダイナミックさを体感したい方
・古典派経済学者の思想に関する理解を深めたい方
≪参考文献≫
■人口論
■要約≪人口論≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■国富論
■要約≪国富論 第一編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第二編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第三編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第四編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第五編前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第五編後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■経済学および課税の原理
■要約≪経済学および課税の原理(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪経済学および課税の原理(下)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■経済学に関するマルサスの見解
・「経済学は数学的な側面があるという定説があるが、マルサス的には政治学や倫理学のような思想の側面が強い」という見解を本書では展開します。「国民の富の性質と原因を明確に説明できること」が本書記述の動機・大目的であるとして経済学分野における用語の統一を図ろうというのが具体的な狙いです。
■当代における経済学における諸定義の乱立具合について
・本書ではフランスエコノミスト全般・アダム・スミス・セー・リカード・ミル・マカロックなど代表的な古典派経済学者の著作に言及し、経済学を構成する基礎的な概念・用語の曖昧さについて言及・論証していきます。具体的には効用・価値・富の区分・「商品と労働の関係性」・「利用価値と交換価値の違い」・「需給の変数のかかり方」・「財・サービス間の交換比率」などに関して学者・学派により絶妙に解釈・言葉の定義が異なる矛盾を指摘し、基本的には古典派経済学の祖であるアダム・スミスの考え方に叶うように編み直すということがなされます。
■経済学における価値の尺度について
・「財・サービスそのものの価値」と「商品市場価格を同義に扱うべき」という古典派経済学の一般的な見解に対してマルサスは挑戦的な見解をする営みが本書ではなされています。資本は労働を支配する権利を有しており、資本所有者が労働を支配するのでピラミッドの頂点に君臨するというのは「労働が商品と代替関係にある」という前提に成り立つ理論であり、商品が支配する労働量とは市場相場価格であり、有効需要であるという見解を示します。その一方で商品価格は需給バランスの影響を受けながらも、生産費用により自ずと規定されるという性質をもつことにも着目し、商品は「支配する労働の総量」により価値が規定されるとされたり、市場の需給バランスによるとされたり様々な解釈が成立するという見解が続いていきます。
■本書で定義の統一を試みた経済学における重要概念・用語について
・富:人間に必要、有用、快適な物質的対象物であってそれを専有したり生産する為に一定の人間の努力を必要とするもの。
・効用:人間に寄与することが出来、また恩恵を与えることのできる性質。一対象物の効用はこうした寄与と恩恵との必要性および真の重要性に比例すると考えられてきた。すべての富はかならず有用なものである。けれども有用なもの全てが富とは限らない。
・価値:使用価値と交換価値の2つの意味があり、使用価値は効用と同義になる。交換価値は交換上の関係であり、対象物の評価に依存する。価値が富と大別されるのは物質的対象物に限定されることと希少性・生産難易度に依存する点だ。
・富の諸源泉:本質的には土地・労働・資本の3つであり、コアは土地と労働。
・資本:資財(蓄積された富)の中で富の生産・分配・利潤を目的として留保、使用される部分を指す。
・本書では古典派経済学の様々なアプローチや考え方を統合していくことに取り組んでおり、その功績や視座視界は後のケインズやマルクスの経済学発展に大きく影響をもたらしたとされています。
【所感】
・ややマニアックな内容の本でしたがアダム・スミス・リカード・ミルの著作を読んでいた自分にとっては当時の時代背景・マルサス氏の課題意識も感じられ非常にワクワクする内容でした。本書で用語・概念の定義を統一化する中で下記資本主義経済における普遍的な結論を導きだしていることに凄みを感じました。「労働生産性を高めて賃金を獲得し、資本を蓄積していくこと」が労働者の立場から見た資本主義経済の原理原則であり、「如何に労働を節約するか・資本集約型産業を構築するか・利潤から資本を蓄積・投資していくか」が資本家の立場から見た資本主義経済の原理原則であるというものです。
・様々な理論や見解を比較・統合していくという帰納法的なアプローチを好むマルサス氏ならではの著作に思えて、人口論とは違った奥深さが垣間見えた内容でした。アプローチ・論証プロセスそのものは社会学の大家マックス・ウェーバーを彷彿させるものでしたね。歴史的偉人に薫陶をうけるように学問の基礎基本を読み解いていくというプロセスは非常にカロリーがかかりますが、定期的に自分の思考にストレッチさせるための負課をかけるのに最適な内容と再認識し定期的に社会科学分野の古典は読み続けていきたい所です。
以上となります!