雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪近代世界システムⅠ前編≫

 

今回はウォーラーステイン「近代世界システムを要約していきます。世界システムで有名な学者の代表作で4部作となっています。Ⅰは16世紀ヨーロッパを中心とした「資本主義経済に立脚した世界システムが成立する変遷」を分析・考察した内容となっております。非常に内容の濃い本であるため、2回に分けて要約します。

 

「近代世界システムⅠ」

近代世界システムⅠ « 名古屋大学出版会

■ジャンル:経済・歴史

■読破難易度:中(世界史の知識と古典派経済学の知識があると面白く読み解くことが出来るかと。専門用語などはないので、前情報がないと読めないという類のものではないです。)

■対象者:・経済史について興味関心のある方全般

     ・ヨーロッパ中心主義について興味関心のある方

     ・システム論について関心のある方

 

【要約】

■近代世界システム論とは

封建社会崩壊以後の16世紀以降にて、ヨーロッパ発祥の「資本主義経済に立脚した世界システムが存在すると著者は提唱します。資本主義科学技術を要素技術として、貨幣経済海上交易の力をもって「中核-半周辺-周辺」の3分類で地域をカテゴライズした巨大な世界(国や地域は一つのシステムの部分であると見なします)があるということです。本書は16世紀以降の世界史を紐解いていき、時代に応じて「国や地域が中核・半周辺・周辺とシステム内を移動する様からシステム内の因果関係を読み解く」という仕立てになっています。

 

■なぜ「ヨーロッパ」で近代世界システムは発達したのか

大航海時代を牽引したのはポルトガルスペインです。後にイギリスオランダが台頭しアジア・アフリカ・新大陸と接続をすることで資本主義経済は一気に加速していきます。封建制末期において貨幣経済の導入により「余剰生産物を保有するインセンティブ「資本の蓄積という行為が理論上可能になった」という前提があります。その中で海上交易という遠距離輸送技術を確立し、天然資源や香辛料などを獲得することで「国力を増強する」・「取引市場規模を拡大する」という野心・前提条件が整っていたのが西ヨーロッパ諸国(特にポルトガル)でした。

農業製造業に対する資本投資貨幣経済の発達で購買力売買が容易になり、投資が促進されました)・市場規模拡大による商業の発達(投機的な行為で利鞘を稼ぐことも可能なくらい有望な産業でした)などのインセンティブが働き、ささやかなアドバンテージに過ぎなかった条件(貨幣経済浸透・海上交易技術の確立)を活かして西欧を中心としたヨーロッパ諸国が中核をなす「世界経済」が発達・確立していきました。

貨幣経済海上交易技術といった「世界経済」を構成する要素を兼ね備え、かつ官僚制組織という資本主義経済分業体制において不可欠の統治システムを確立していた中国でなぜ世界システムが発達しなかったのか?(最も条件が恵まれていた)という問いが本書でなされます。それは西欧諸国の周辺諸国との競争力学(資本主義経済の本質的性質に馴染んだ)・中国の内憂優先事情(土地は余るくらいにあり、むしろ豊富な人口を如何に農業投資や統治システム強化を通じて確保していくかが最重要テーマでした)などがあったとされます。

 

■ヨーロッパ世界経済発達の流れ

・資本主義黎明期は利潤賃金に配分する権利を持つ資本家階級が「暴利的な利潤を独占享受し、再投資して力を高めていくシステムを構築する蛮行」が成立しえた時代です。「労働をどれだけ豊富に供給し経済システムを回転させることが出来たか」「資本の蓄積・活用という資本主義経済を生き抜く術を身に着けた資本家階級がどれだけ豊富に発達したか」という2つのルールに馴染むことが出来たのが西ヨーロッパの国々であり、これらの国(特にイギリス・フランス・オランダ)を中心とした世界システムが構築されました。

・商業製造業農業の3つに関して、「資本と労働を最大限投資・活用して生産活動を営むことを高度に形成した国や経済主体が雌雄を決する」というのが資本主義経済黎明期の特徴です。これにイギリスオランダは勝利し、かつルネサンス以後、科学技術等の学問が発達する中で「蓄積した資本を用いた機械活用+大量の労働者を雇い入れて生産活動を行うという工場製造業(マニュファクチュアリング)」を大成したイギリスが一気に資本主義経済の力で世界を席巻するに至ったという訳です。

 

■中核地域・半周辺地域について

中核地域の西ヨーロッパでは都市が発展し、製造業商業が大規模化し、労働生産性の低い農業は周辺地域(東欧・南欧ラテンアメリカ・南米地域)に移転していくことになり、徐々に西ヨーロッパを中心とした資本主義に立脚した世界システムが構築されていきました。この世界システムは「規模の経済が働き、常に循環する構造にあったので、どんどん規模を大きくしていく宿命」にあり、アジアやアフリカ・オセアニア地域まで包括するに至り、18世紀頃には西欧中心の世界システムが完成したという訳です。

半周辺地域では分益小作制という中間的な統治システムが採用されました。フランスやドイツなどの地域が典型例です。緩やかに「土地所有者や資本家階級が農民階級に対して影響力・統率力を持つ体制」であり、小作農のような形が乱立しました。分益小作制は「土地を貸し出し、農業活動に従事していただき、一部の収益と地代を農民から徴収する」という資本家階級のやり方です。

 

■周辺地域について

・周辺地域では封建制奴隷制が中心の統治システムを依然として続けます。代表的な地域はラテンアメリカ・東欧・アジアです。奴隷制「市場規模が大きく、利潤が低くても採算が成り立つ規模の経済が働くような条件」でないと機能せず、中世ヨーロッパ社会では発展のしようのない制度でした。奴隷制はその性質上、単純労働のように「指示された定型業務を行う産業」においてしか有効たりえず、結果として砂糖綿花が性質上適しており、「広大な土地と大量の労働量を確保出来る」という制約から黒人奴隷を中心としたラテンアメリカ地域での砂糖栽培世界システムでは採用されるに至りました。

 

絶対王政とヨーロッパ世界経済の関係性について

絶対王政」と「ヨーロッパ世界経済」は同時期に成立しています。商業農業資本主義が発達し、国家の財政基盤が安定化していないと官僚制組織は機能するわけがなく、資本主義と官僚制は切っても切り離せない関係にあるとされます。租税や地代収入などの分配システムがこの時期には整い始めていた。※商業にとって、国家は重要な顧客でもありました。この時代は秩序の形成の為に中央集権化絶対王政など「強い国家のスタンス」を取ることが志向された時代です。封建領主や貴族が財産を失い、統率力の観点から没落する中で「誰がリーダーシップを発揮し、平民階級を束ねるか?」となると国家に白羽の矢が立ったという訳です。

「官僚を実働部隊とした中央集権化・絶対王政化」がもたらされたし、それを経済的に支えたのが商業技術の発達農業資本主義経という関係性にあります。

 

【所感】

・様々な歴史解釈を引用しながら、特定の視点に陥らないように慎重に論を構成していく著者の癖から読み解くのが少々困難な本でした。資本主義経済は世界を物質的に豊かな状態で導いたシステムですが、それがどのように発達し何がトリガーとなったのかというシステム構築の観点から考察していくという本書のダイナミックな構想は圧巻でした。

・「歴史は様々な要因が偶然の重なり合いで形成されている」ということを改めて思い知らされるものでした。地域による資本主義経済への馴染み度合いや発達させるインセンティブ等の違いから、賃金労働や企業社会に求められる職業倫理や物の理が垣間見ることが出来て、非常に知的好奇心を刺激する内容でした。

・社会科学の学問領域は複数の学問が有機的に結合して見解が導きだされることが多く、法学・歴史学・経済学・経営学・宗教学・哲学など様々な観点から物を見ることでより理解が深まるということを再認させられる内容でした。

 

以上となります!