今回はジョセフ・E・スティグリッツの「公共経済学」を要約していきます。2001年にノーベル経済学賞を受賞した学者であり、アメリカでの数々の政策提言や世界銀行の上級副総裁を務めるなど輝かしい経歴を持っています。マンキューと並んで、現代の経済学の教科書の二大巨頭と言っても過言ではないでしょう。
公共部門・公共支出について体系的にまとめたのが本書で、上巻は公共部門の役割・厚生経済学の基礎・公共支出の理論などがトピックスです。膨大な記述がある本なので、前半後半にわけて要約をします。
「スティグリッツ公共経済学(上)」
■ジャンル:経済学
■読破難易度:中(文章自体は非常に平易ですが、ミクロ経済学の知識をフル活用してモデル化を試みる内容なので前提知識が必要となります。)
■対象者:・政府の経済活動について興味関心のある方
・市場と公共セクターの棲み分けについて興味関心のある方
≪参考文献≫
■経済学および課税の原理(リカードが古典派経済学の立場から政府の市場介入・経済活動について論じた本)
■要約≪経済学および課税の原理(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪経済学および課税の原理(下)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■雇用、利子および貨幣の一般理論(積極的な政府の市場介入を推奨したケインズ経済学のエッセンス)
■要約≪雇用、利子および貨幣の一般理論(上)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪雇用、利子および貨幣の一般理論(下)≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■組織の経済学(外部性について取り扱ったミクロ経済学の本)
■要約≪組織の経済学 Ⅰ部~Ⅲ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪組織の経済学 Ⅳ部~Ⅴ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪組織の経済学 Ⅵ部~Ⅶ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
・今回は第1部(公共部門の役割)・第2部(厚生経済学の基礎)を取り扱います。
■公共経済学の意義
・市場の競争原理は優秀な調整弁であることは間違いないのですが、放置しておくと必ず「市場の失敗」が発生する構造的な宿命にあります。経済主体にとっては最適化されていても、社会全体の便益にかなうとは限らないケースがあり、そこに対して誰が責任を持つか?となると公共セクターです。
・公共経済学は市場の失敗に対して「市場介入(租税・法規制・補助金などによる間接的な支援+公共セクターが財やサービスを供給する直接的な支援)を行う経済活動」について論じた学問領域となります。パレート最適化を目指して、分配の実施や外部性の解消を中心として、様々な政策でポートフォリオを汲んで課題を解決しに行くという具合です。
■市場の失敗が発生するメカニズム
・私有財産制度は経済主体に対して、貯蓄や投資のインセンティブを引き起こす制度であり、資本主義経済の根幹を成す制度です。「共有地の悲劇」と呼ばれるような個人の利害と社会の利害が相反するケースというのは避けられない宿命にあり、市場の調整弁の綻びがある(経済主体の個別最適化が社会の最適化に完全イコールにならない為)から政府の市場介入・分配や外部性の解消を意図した経済活動が正当化されることになります。
・民間企業は利潤最大化を志向する中で、公営企業は収支均衡を志向するというベクトルの乖離があるということが前提になります。そして、経済活動においては外部性が正・負の両面から存在します。負の外部性については放置しておくとパレート最適化を阻害する為、課税や公共事業を実施するなどして政府が積極的に是正する大義名分が生まれます。
・市場の失敗はステークホルダー間の情報の非対称性に起因する所があり、それは民間企業サイドから見ると競争優位の源泉であるケースがあります。その為、民間セクターからこの問題を解消しに行こうというインセンティブは働くはずがなく、その経済活動が社会の便益を阻害するまでに圧迫するに至った場合は政府が租税や法規制・分配政策などを実施することで抑止するというバランス関係にあると言えます。
■公共財について
・公共財とは非排除性(便益を享受できないように個人を排除できない)・消費の非競合性という2つの性質を持つ財を指し、民間セクターが市場供給するインセンティブのない財をさします。代表例は国防・灯台などであり、水道・電気・ガス・鉄道・医療・教育など一部民間セクターも参入する財が含まれます。
・ポイントは負の外部性を生み出さないという大義名分があることです。財の性質上、民間企業市場は部分的にしか成立しない宿命にあります。「需給曲線の原理は成立するものの、効率化されない(できない)点」や「外部性・道徳的な規準から最適化の判断基準が一義に定まらない点」などが公共財を考える上での難しさとなります。
■外部性と環境問題について
・外部性とは個人や企業が他者に対して与える影響であり、そこに対価が発生しない際に外部性と呼びます。対策としては外部性を内部化するほどの大規模組織を形成するか明確な所有権を確立することで、民間の当事者が解決策を議論できる体制を作るなどがあります。司法制度を用いて法による裁きを厳格化するなど手段は様々です。
・外部性の問題は空気・漁業・石油など様々な資源に関わります。市場取引を介して制限は出来ても、消費を完全排除できない財かつインフラ性の高いものが論点になりやすいとされます。独占供給を正当化したり、組合などにより組織と部分の持ち分を合議で決めるというやり方が代表的な解決策となります。
・環境問題は外部性だけでなく、倫理観やステークホルダーの利権・主張なども入ってきて、経済合理が働かない意思決定も存在するので難しい問題です。最終的な取引は法を定め、司法機関に裁きを下してもらうということでも出来ますが、負の外部性などは元々起こらないように抑止する為に政府が活動をする正当化(公共の福利を最大化させる観点で)する道義が存在するという訳です。
・外部性を是正する施策としては罰則や回避行為への補助金など様々な角度からのアプローチがあり、限界費用や効用を関数として描き、どちらが効率的かを分析することで可否を問うことは可能です。その為、汚染排出量などの規定を定めて操業できる範囲を取引できるように許可制にするというやり方が代替案として存在します。
■効率と公平について
・社会のパレート最適を実現する為に、公共セクターが責任を持って分配の為の経済活動・政策(租税・補助金など)を実施することとなります。分配の問題には平等性・効率性などの論点が絡み、これらが時に二律背反の構図にもなり得ます。考慮すべき点は財やサービスに関して限界効用逓減の法則(閾値を超えると単位当たりの効用が低下するという話)が生じる点です。そのため、分配による効用の総量が増えるというのはある程度、理にかなっていると言えます。※年金や累進課税制度・生活保護制度等はこれらの概念の基に運用がされています。労働市場供給担保とか治安という負の外部性に関わる観点からも所得再分配は正当化されます。
・パレート最適化問題の悩ましい所は個人により効用関数が異なり、一義的に他人が定めることが出来ない点にあります。どこまで行っても主観的な問題が付きまとい、「定性的な領域の問題を正当化する為に定量化を強いられる」という独自の価値基準・運用の難しさが公共経済学の領域には存在します。
【所感】
・「市場の失敗解消」と「パレート最適化」という大目的の為に政府の経済活動は行われるというわかりやすさが印象的でした。租税・補助金・法規制・公共事業など様々なアプローチがある中で、「どの観点で検証するかにより政策の是非が異なる」という難しさが公共経済学にはあるとも感じました。古典派経済学⇒ケインズ経済学/マルクス経済学⇒新自由主義と変遷を経て市場と政府の関係性は散々議論・検証されて来ました。その中で、「市場と政府それぞれに得意不得意があり、かつ価値基準の相違があり、双方が歩み寄りながら役割分担をしていくという超越的な視点が必要だ」という結論に至ったと読み解いた次第です。
・本書は公共経済学という学問領域だからといって公共部門に過度に肩入れして論を展開することはなく、関数を用いて効用や効率性を分析するというミクロ経済学の世界観で是非が論じられている点が印象的でした。政治と経済は密接に関わらざるを得ないということを認識すると共に、どのような歴史的変遷を経てきて現代の制度や価値基準に至ったのかという一連のステップを踏んで学ぶことは意味があると再認した次第です。
以上となります!