今回はウォーラーステインの「近代世界システムⅢ」要約後編となります。
資本主義をベースとした経済的な関係性を論じた世界システム論で有名な学者の代表作で、Ⅲは1730~1840年代のヨーロッパ社会を中心に分析し、資本主義的世界経済が再拡大していく過渡期の構造を考察していく内容となっております。具体的にはフランス革命・産業革命の二大革命の歴史的意義の再定義とヨーロッパ世界経済の拡大(オスマン帝国・ロシア・インドを筆頭に新たな「周辺地域」の組み込み)などが主なテーマです。今回はⅢ要約後編ということで第三章と第四章を取り扱います。
「近代世界システムⅢ」
■ジャンル:経済・歴史
■読破難易度:中(世界史と古典派経済学の知識があると面白く読み解くことが出来るかと。専門用語などはないので、前情報がないと読めないという類のものではないです。)
■対象者
・経済史について興味関心のある方
・システム論について興味関心のある方
・資本主義の原理に立脚したヨーロッパ各国の関係性について興味関心のある方
※過去の要約は下記。
■要約≪近代世界システムⅠ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅠ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅡ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅡ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅢ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
≪参考文献≫
■プロフェッショナリズムの倫理と資本主義の精神(資本主義と宗教の関係性について論じた本)
■要約≪プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■国富論(政治経済学の原理原則のエッセンスが詰まっており、近代世界システムⅡの時代についての言及もあり、相互補完としてオススメの本)
■要約≪国富論 第一編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第二編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第三編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第四編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第五編前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪国富論 第五編後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■新たにヨーロッパ世界経済に組み込まれた国々
・18~19世紀の資本主義経済拡大局面において、その経済的関係性を高める過程でヨーロッパ世界経済内部に組み込まれた国・地域が複数存在しました。代表格がロシア・オスマン帝国・インド(ムガル帝国)・西アフリカ地域です。
・ロシアは「大麻や亜麻の生産拠点」として中核(イギリス・フランス)から注視され、主に18世紀初頭以後ヨーロッパ世界経済の内部に組み込まれていきました。ロシアは農奴制という「地主支配を原則とした封建的な社会システム」が機能しており、安価な農業労働力を大量に確保出来たことが資本主義経済において好都合に働きました。大量の鉄生産国という側面もあり、中核(イギリス・フランス)の工業化分脈でも注視され、経済発展を遂げていきます。ピョートル大帝が西欧を模倣した近代化政策(元老院・中央集権化した官僚制度・近代的な軍事組織の構築)を推し進めることで軌道に乗り、エカチェリーナ二世治世の時代にその基盤を確固たるものにしたとされます。
・オスマン帝国は「フランスの工業製品の輸出市場」としてその役割を拡大させる形でヨーロッパ世界経済の内部に組み込まれていきました。オスマン帝国は17世紀末のウィーン包囲が失敗に終わり、オーストリア・ロシアとの戦争を通じた財政赤字・領土縮小の中で「フランス製品の輸出市場・アジア圏との交易拠点」という役割をシステム内部で担う形でその影響力・支配力を維持・拡大する道を選ばざるをえなかった(周辺地域化)とされます。
・インド(ムガル帝国)は資本主義経済拡大局面において、その位置づけを「東インド会社(イギリス・オランダ)による貿易提携」からイギリス-インド-中国の三角貿易推進過程でヨーロッパ世界経済の内部に組み込まれていきました。中核(主にイギリス)との関係性はナポレオンの大陸封鎖令により、イギリスがイタリア半島との貿易を一部断絶する中で「イギリス産工業製品の輸出市場」としての重要度が高まり、更に拡大していくこととなりました。尚、インド(ムガル帝国)はその自国の「自治能力の脆弱さ」と「経済市場としてのポテンシャル」が相まって東インド会社・イギリス政府の経済的・政治的支配を強めていくこととなり、最終的に植民地化の道を辿ります。
・西アフリカ地域は「奴隷貿易の拡大(≒労働力確保)」の高まりからヨーロッパ世界経済の内部に組み込まれていきました。ラテンアメリカ地域で行われた「特定品目の原材料生産」や「プランテーション農業」は黒人奴隷という労働力の土台に成立するものでした。奴隷貿易は元々利潤が高く、中核(イギリス・フランス・オランダ)の工業化文脈において「原材料生産」・「大量の労働力供給」という役割はヨーロッパ世界経済において非常に重要であり、西アフリカ地域は18~19世紀でその影響力を高めていったとされます。
・4つの地域いずれにおいてもヨーロッパ世界経済の内部に組み込まれたことで、取引市場規模が飛躍的に拡大し経済発展の道を辿った一方、「特定産業の生産・労働」という役割を担う代償に、工業を始めとした非集中産業の衰退が顕在化しました。これはヨーロッパ世界経済という国際分業体制においてその役割遂行に伴う代償であり、競争力学の末とも言える結末でした。
■アメリカ合衆国独立後の拡大路線を巡るヨーロッパ諸国の利害関係について
・18世紀後半に北アメリカの13植民地がイギリスから独立し、アメリカ合衆国が成立した以後の北アメリカ世界は各国の利害が交錯する状態にありました。「中部にある原住民およびフランス系入植者が統治する地域」・「フランスから獲得したカナダを統治するイギリス」・「南部(現在のメキシコ)を統治するスペイン」・「北西部開拓による経済的・政治的な勢力拡大によるヨーロッパ世界経済内の地位向上を目指すアメリカ合衆国」といった具合でした。
・「北アメリカ世界からフランスの脅威を排除したい+軍事費削減をしながら経済的関係の利益を享受できる」イギリスと「フランス・スペインなどの脅威を最小化しながら拡大路線を志向したい」アメリカ合衆国の利害が一致し、結果としてアメリカ合衆国の北西部開拓やヨーロッパ諸国から植民地の獲得・併合をする動きが加速していきました。「海上交易(主にヨーロッパ世界)」・「金融サービス」・「海軍」と圧倒的な国際競争優位を持つイギリスとの提携なしにアメリカ合衆国は野望を果たすことが出来ないということで、水面下の交渉はありながらも北アメリカ世界はイギリスとアメリカ合衆国の二強の構図へと拡大していくこととなりました。
■ラテンアメリカ地域の植民地独立機運について
・アメリカ独立革命・フランス革命という2つの出来事は長らくスペイン・ポルトガルを中心とした統治下に置かれていたラテンアメリカ地域の植民地に大きな刺激をもたらしました。ラテンアメリカ地域はクリオーリョと呼ばれるスペイン本国出身の白人二世や原住民・メスティーソ(白人×先住民の混血)・ムラート(黒人×白人の混血)など階級や利害関係が混在する複雑な地域であり、様々な闘争・暴動を経ながら18~19世紀に革命路線にシフトしていきました。これらの地域の利害はヨーロッパ世界経済構成国(主にイギリス・フランス・スペイン)に対しても大きな影響をもたらす為、ハイチのように原住民や黒人階級が主体となった独立国家をもたらさないように慎重に介入するという方針がなされました。
・ウィーン会議により、「ナポレオン以前のヨーロッパ世界の秩序を戻そう」という機運が高まり絶対主義への回帰や正統主義の推奨がなされ、その過程でラテンアメリカ地域植民地の主たる宗主国のスペインは「ラテンアメリカ地域の植民地支配」を緩めざるをえなくなりました。スペインがラテンアメリカ地域を取り込んで拡大路線となり、第二のナポレオンを生まないことがヨーロッパ社会全体の便益に叶うという判断です。
・ウィーン会議以前から指導者シモン・ボリバルが目指していたラテンアメリカ地域植民地の独立ビジョンはアメリカ合衆国のような「本国出身者が中心となった経済的・政治的自立を目指したもの」であり、ヘゲモニー国家であるイギリスの経済的支援の元で、ラテンアメリカ地域のスペイン植民地は「白人定住者が母体となった形(主にクリオーリョ)」で独立を果たしていくこととなりました。「黒人奴隷や原住民などのアイデンティティ」を尊重する形の独立はなされぬまま、ラテンアメリカ地域は結果として19世紀~20世紀の大英帝国を下支えする形式となっていきました。その過程で「ラテンアメリカ地域におけるフランス・スペイン・ポルトガル経済的・政治的影響力」は一気に没落しました。
【所感】
・「資本主義に立脚したヨーロッパ世界経済」がより強固かつ拡大路線を志向していく過渡期の各国の利害関係が浮き彫りになる非常に面白いパートでした。システム全体としては生産・消費・労働のサイクルが好循環となり、結果として「物質的に豊かな世界」が形成されていくことになりました。フランス革命を経て、特に南北アメリカ植民地は階級間闘争が新たな局面を迎えるに至りました。
・半周辺・周辺地域を担う国が経済的・政治的自立を目指しながら試行錯誤をするも、結果として中核を占めるイギリス・フランスの利権にもかなう形で(より集約が進む形)発展していくプロセスにヨーロッパ世界経済の構造的な宿命があるように感じました。ヨーロッパ世界経済が構築される以前も宗教(カトリックVSプロテスタント・キリスト教VSイスラム教)や人種・民族・言語などの差異による選別・差別・階級形成などが志向されてきたのは歴史をみると明らかです。人間社会は「好んで断絶を形成し利権を確保する動機が非常に強い」と改めて気づかされました。
※現代の日常的なコミュニケーションややり取りにおいてもそのようなことは程度の差はあれど起こる訳で(自分自身への戒めも込めて)、潜在的にプログラムされた人間の動機・欲求に抗いながら「為すべきを成す」を徹底していくことが社会で事を成す、後世に繋ぐ上で不可欠な倫理観なのだろうと感じた次第でした。
以上となります!