今回はハーバード・A・サイモンの「システムの科学」について要約していきます。
ノーベル経済学賞を受賞した学者で「経営行動」などの著作が有名です。コンピューターサイエンス・組織の経済学・経営学全般の発展に偉大な功績を残したとされ、20世紀後半以降の社会科学の世界を語る上ではさけて通れない学者です。本書は「人口物のシステム」を科学することを目的として記述され、自然界のシステムとは似て非なる作用を持つことを明らかにしています。
「システムの科学」
■ジャンル:経営学
■読破難易度:中(抽象的な概念の言及が中心で断定調ではないので、情報工学または経営学の前知識がないと読みづらさを感じるかもしれません。)
■対象者:・コンピューターの仕組みに興味関心のある方
・組織や人口物の構造に関心がある方
・組織の経済学・経営学に関する知見を深めたい方
≪参考文献≫
■組織の経済学
■要約≪組織の経済学 Ⅵ部~Ⅶ部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■市場と企業組織
■要約≪市場と企業組織≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■人工的なシステムの特徴
・「置かれた環境に応じて、目標や目的に対してシステムが変化するという仕組み」が人工物特有のシステム要素とされます。外部環境とシステム内部の環境が相互に作用し、常に関係性が変動するのは自然界にはなく人口物にしか見られないシステム構造です。加えて、人口物のシステム内部には学習効果が存在する為、「システム内部およびシステム内部と外部環境の関係性は常にアップデートされ、長期の時間軸では是正がされていく」ということが人工物のシステムに働く作用です。
・上記メカニズムの際たる例は企業組織や大学などの社会的なシステムであり、それらは階層化しており「限定された合理性」・「情報の非対称性」といった不完全な性質から避けて通れません。「これらのメカニズムを解明しモデル化しよう・真理を探究しよう」という野心から20世紀半ば~後半にかけて計量経済学・オペレーションズリサーチ(意思決定論)・ゲーム理論・組織の経済学などが経済学の主な関心毎となり、経営学という独自の学問領域を打ち立てるに至るまで発展しました。それだけ、自然科学の領域と異なり「人口物のシステム解明」は難しく関心毎が高いとされます。
※上記テーマは自然科学領域のように「数字や専門化した知識で答えが一義に定まるような論証」が宿命的に難しいとされ、物理学というよりも生物学の学問知見から着想を得て発展し続けているとされます。
■人工物を科学することの前提条件
・「人工物を科学する」というスケールの大きな営みは情報工学・経済学それぞれの領域で長らく論証されて来ました。その上でこのテーマの基本的な大前提は下記3つであるとサイモンは主張します。
- 人工物は人間によって合成される
- 人工物は外見上は自然物を模倣しているが、何らかの要素を欠いている
- 人工物はその機能・目標・目的によって特徴づけられる ⇒即ち、人工物は目的や環境により意味が変わる構造であり自然界の法則とは似て非なる作用を持つ
■人工物の意思決定過程について
・人工物の思考や意思決定プロセスは「外界の環境にその都度適合していく形で行われるので、必ずしも最短ルート・最適解を辿らないことが多い」という点が事態を複雑にするとされます。人間は経験や長期記憶により、特定場面における反応を変化させ続けます。その人間の長期記憶はパターン認識や構造俯瞰により形成されます。
※人間の記憶量の増加は「思考の複雑さの増加」ではなく、「思考過程の生じる環境の増加」と見なすほうが自然です。
・人間社会のシステムにはフィードバックという相互作用がついて回るということが宿命的で、それにより「内部環境と外部環境の適応」・「学習効果」・「限定された合理性」など特有の変数が意思決定プロセスや出力に作用します。加えて、価値基準に「倫理観/目的」と「経済合理性」という社会的な尺度が加わる為、人間および組織の意思決定プロセスについて関数のようなモデル化はほぼ不可能に等しいとされます。
■企業組織における合理的意思決定
・経済学は富の研究であり、「個人が物質的な豊かさを追求する営みを解明する心理学的側面」があるとサイモンは指摘します。
・経済学の研究においては長らく資源の配分や完全雇用、政治経済に関する研究が中核とされてきました。効用最大化・競争均衡などのミクロ経済学・ゲーム理論の範疇となる「物質的な豊かさと精神的な快楽」という2変数を含んだ取引意思決定の解明」は正に人工物のシステムが作用する典型例として、近年から脚光を浴びるようになりました。
・企業組織には雇用関係という指示命令系統および階層化という特有の構造を持ちます。だから企業組織は「人工物のシステムの中でも最も変数が多く、モデル化や科学することが難しい領域」とされます。企業組織はその構造故に、「限定された合理性」や「不確実性」という性質から避けられません。一方で学習効果があるのも事実で、それ故に、戦略や振り返りなどを通じて長期的には「意思決定の精度を目的に照らして高めよう」という自助努力の作用が働くのも事実です。尚、「この矛盾と複雑さこそが人工物のシステムの象徴であり奥深さだ」とサイモンは主張します。
【所感】
・自然科学・社会科学双方の知見や考え方を織り交ぜながら論が進んでいくので、最初は非常に読みづらく苦労しました。途中からは一貫した主張を積み上げていく形式となり、読みやすくかつ面白みのある内容でした。本書で論証されている内容は「人工知能」という人類の野望を実現する為に解明しないといけない命題であり、経済学・経営学が数十年に渡りモデル化を志向してきたということを再認識し学問の関係性や関心毎を理解出来て良かったです。
・人間および組織は不完全であり、「外部環境と内部環境が相互に作用し動的に関係性がアップデートしていく」宿命です。それ故に組織をやり繰りする役割の付加価値があるのだとも気づきました。情報科学や自然科学に関する知見を深めて本書を読み返すと違った視点から考えを深めることも出来るのだろうと感じ、この本は時間を置いて読み返したいと思いました。
以上となります!