今回はモンテスキューの「ペルシア人の手紙」を要約していきます。法の精神で有名なモンテスキューの出世作で「ペルシア貴族が中東~ヨーロッパを旅しながら見た出来事・感じたことを知人・友人宛に書簡にしたためて言語化するという体を通じて、中東社会・ヨーロッパ社会を評論・風刺する」という内容です。ユズベク・リカという2名のペルシア人が主人公で、ヨーロッパ社会に適合していき現実的に評論を展開するリカと中東社会に回帰しようとし、遠隔マネジメントの出来ない専制政治の状態に暴発するユズベクという奇妙な対比が非常に美しく小説としても面白い本です。今回は上巻にあたる手紙1~80までの前半部分を要約します。
「ペルシア人の手紙(上)」
■ジャンル:小説・歴史・社会科学
■読破難易度:低~中(文章自体は非常に読みやすいです。中東社会・ヨーロッパ社会の歴史知識・キリスト教・イスラム教などの宗教知識などがあるとさらに面白く読むことが出来る構成となっております。)
■対象者:・中東社会とヨーロッパ社会の対比について興味関心のある方
・モンテスキューの思考プロセスに興味関心のある方
・諸制度・規範などの意義・あり方について考えを深めたい方
≪参考文献≫
■ローマ人盛衰原因論 (モンテスキューの著作、本書同様のプロセス・命題)
■要約≪ローマ人盛衰原因論≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■法の精神 (モンテスキューの著作、代表作)
■要約≪法の精神 第一部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪法の精神 第二部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪法の精神 第三部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪法の精神 第四部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪法の精神 第五部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪法の精神 第六部≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■本書執筆の制約条件について
・モンテスキューは中東や東欧の文明と直接接点を持ち、法の歴史に関する考察を深めてきたというバックグラウンドがあります。アジア・中東とヨーロッパ文明は分断されるような状態にある中で、本書は執筆されたという歴史背景があり、それ故に政治評論を慎重に行う為に中東文明の人が社会を論じる小説という体を取らざるを得なかったとされています。具体的には「ペルシア人がヨーロッパ・中東を旅する中で気づいた違和感や考察を知人・家族向けに披露していく」という仕立てになりました。このプロセスは「ローマ人盛衰原因論」も然りで、ローマ史の研究を通じて婉曲的にフランス絶対主義を批判するというものでした。
■ペルシア文明について
・主人公のユズベクとリカの原点であるペルシアは専制政治国家で、一夫多妻制を採用しています。「女性はハーレムに幽閉させられ、行政は黒人白人の宦官が牛耳る」といった具合の構図であり、社会秩序を維持する為に理不尽や不幸でいっぱいな抑圧的な統治体制が維持されているといった状態でした。本書では元々閉鎖的な空間であったことに辟易してヨーロッパ旅行を意図したユズベクとリカがヨーロッパ社会との在り方の違いを通じて、時に違和感や驚きを見せながら中東社会を風刺していくという展開が続きます。
・「協働ができず略奪が横行するゼロサムゲームのような社会秩序の崩壊した世界」は極めて生産性が低く、中東社会はそのような劣悪な世界として本書では描かれます。様々なハーレム・宦官に纏わる不合理・人間の強欲さを通じて「不正が横行する中で徳を全うする高潔な精神、いわば自己満足のようなものを貫くことが如何に難しいか」ということを説いています。これは法秩序による社会規範の形成こそが専制政治や封建制にも増して重要な統治システムであるというモンテスキューの著作全般にみられる主張が強く打ち出されています。
■ヨーロッパ社会について
・主にリカを主語としてフランスを始めとしたヨーロッパ社会の矛盾と強欲さを炙り出す論調が本書では色濃く見られます。具体的にはフランスの売官制度批判やキリスト教は「天国に万人がいける訳では無いのに信仰され支配の源泉にされるのは滑稽だ」といった論調などです。※著者のモンテスキューは法秩序・個々人の権利を重んじ、キリスト教による支配に対して懐疑的・批判的な態度をとることで有名な社会学者です。
・ヨーロッパの婦人階級の振る舞いや建前主義とペルシア文明のハーレムの高潔さ、宦官支配の正統性に関する述懐。「コメディーや演劇をみる、サービスを消費する」というヨーロッパ社会特有の文化を物語る仕立てなど中東社会とヨーロッパ社会の対比からそれぞれ、もしくは両方の社会の矛盾と愚かさを指摘する論調がリカ・ユズベクの手で存分に語られます。
・ヨーロッパ社会では「他人の弱点に自分の慰めを見出す、比較検討して自尊心を保つ、おべっかを好む」などの文化があると語られます。こうした社会規範の違いから「ヨーロッパ社会を理解し適合しようとする、婦人や様々な職業・身分のあり方を把握しようとする」リカと「保守的で中東専制政治に回帰したがる」ユズベクで距離感が出ていくような記述が本書中盤からは目立つようになります。
【所感】
・本書は岩波文庫・講談社学術文庫の2社で出版されており、岩波文庫では2冊・講談社学術文庫では1冊にまとめられています。本書でモンテスキューが論じたい命題や主張の為に取る手法はローマ人盛衰原因論・法の精神でとった手法と似ており、「歴史から法則を導き出す」・「比較検討して真理を導き出す」といった社会科学の基本に忠実な論証プロセスが採られています。
・本書ではオスマン帝国は「海上航海技術に乏しく、商売も下手な愚かな国」として記述されており、近々どこかの文明に侵略される未来を予言していた点など歴史考察の観点からも非常に読み応えのある内容です。また、「男女平等であるべきなのか」・「宗教や伝統が教えるように家父長的に男性優位に見なすべきなのか」というヨーロッパとアジアで度合いの異なる問題に対する解釈・問いを投げかけるなどのメッセージ性も強い作品です。「自然法・慣習法ではなく明文化された法律により物事の法則は論じられるべきである」というのがモンテスキューの主張で、これは法の精神にも受け継がれるモンテスキュー著作の強烈な指針です。
・宗教の位置づけ(キリスト教とイスラム教)・個々人の権利のあり方など特徴的な違いを並べて、どちらにも良し悪しはあるが絶対の真理も一部存在するよねということを論理的に導いていくプロセスを辿るように慎重に記述していく様が本書では強く感じられます。それだけタブーな問題をなんとか言語化しようと苦慮していたということが伺える内容で、非常に考えさせられる内容でした。本書を始めとしたモンテスキューの所業は歴史研究や社会科学・哲学などの理論の大きな土台を作った功績が非常にあるなと感じた次第でした。
以上となります!