雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪ペルシア人の手紙(下)≫

 

今回はモンテスキューペルシア人の手紙」を要約していきます。法の精神で有名なモンテスキュー出世作で「ペルシア貴族が中東~ヨーロッパを旅しながら見た出来事・感じたことを知人・友人宛に書簡にしたためて言語化するという体を通じて、中東社会・ヨーロッパ社会を評論・風刺する」という内容です。ユズベク・リカという2名のペルシア人が主人公で、ヨーロッパ社会に適合していき現実的に評論を展開するリカと中東社会に回帰しようとし、遠隔マネジメントの出来ない専制政治の状態に暴発するユズベクという奇妙な対比が非常に美しく小説としても面白い本です。今回は下巻にあたる手紙81~159までの後半部分を要約します。

 

ペルシア人の手紙(下)」

ヤフオク! - ペルシア人の手紙 (下) (岩波文庫) モンテスキュ...

■ジャンル:小説・歴史・社会科学

■読破難易度:低~中(文章自体は非常に読みやすいです。中東社会・ヨーロッパ社会の歴史知識・キリスト教イスラム教などの宗教知識などがあるとさらに面白く読むことが出来る構成となっております。)

■対象者:・中東社会とヨーロッパ社会の対比について興味関心のある方

     ・モンテスキューの思考プロセスに興味関心のある方

     ・諸制度・規範などの意義・あり方について考えを深めたい方

 

 

≪参考文献≫

■ローマ人盛衰原因論 (モンテスキューの著作、本書同様のプロセス・命題)

■要約≪ローマ人盛衰原因論≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■法の精神 (モンテスキューの著作、代表作)

■要約≪法の精神 第一部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第二部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第三部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第四部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第五部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第六部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

【要約】

■本書の狙いについて

モンテスキューはフランスの名家の貴族階級の生まれで、デカルト哲学を学びローマ法の体系化にフォーカスして大学で学びを深めました。モンテスキューは四年間にわたりヨーロッパ全土を旅行し、政治機構にアクセスするなどして歴史に関する造詣を深め、元々のローマ研究と絡めて比較検討するという形式で「法の精神」「ローマ人盛衰原因論などの社会科学の古典たりえる論を形成したとされます。

・本書は哲学の要素と共に、フィクションの小説・中東社会の風刺などもメッセージとして含まれています。専制政治は構造的に暴力を助長する宿命にある」というモンテスキューの主張を間接的に支持するための役割として主人公のユズベクは本書後半で専制暴君へ変貌します。モンテスキューはユズベクやリカの独白を通じて、ヨーロッパ中心主義や科学合理主義・万能主義を批判する論調が垣間見えます。「相対比較して自分達は大したことない・他者から学び続けるべきだ」というモンテスキューの警笛・強い主張・自戒の念が述べられている点が特徴的とされます。

 

■文明における宗教・法による裁きの位置づけ

・ペルシア文明の君主たるユズベクはヨーロッパを周遊する中で、神を絶対的な権力者・裁きを下すものとみなす宗教観は人間の強欲さ・建前主義が見られるのでは?という懐疑心を募らせます。宗教は文明に規律をもたらし、結果的に排斥的な思考を促進する作用があり、「専制政治を正当化・社会規範を形成する役割」を果たす為に古来より多くの文明で採用されてきたという見解が展開されます。これは著者モンテスキューの間接的なキリスト教批判(特にカトリックおよび教会)の意図が暗示されています。

・一方、もう一人の主人公であるリカはパリで民事裁判を傍聴し、ヨーロッパ社会特有の問題解決プロセスであると評論するに至ります。自由と平等がある代わりに、身分間闘争激しい貧富の格差・「意味報酬を追い求めるという独特の行動」があると評します。「良識は想像力をもたらし、名誉欲に打ち克ち社会の問題を解決することに専心できるか」という欲望の衝突がこの世界のテーマと言えると論じ、競争心他者比較という概念はヨーロッパ社会特有の価値観だと見解を示します。

・尚、本書では「ユズベクが自国向けに独白する」という体でキリスト教信仰の建前主義をも批判する節も見られます。法律で公正な裁きを下すことを担保することは個々人の権利を最大限尊重する為に、何も増して優先的に保護されないといけないとされます。

 

■ヨーロッパ社会の風刺

・本書ではヨーロッパ社会は古来より、法や統治機構を運用することにより社会の治安を保ち、政治をなしながらも自由と平等・権利を尊重するというスタンスを重視してきたという点をペルシア文明と比較する形で論じられています。フランスは流行と自由が最大限もてはやされる一方で、大量の労働と勤勉により下支えされているという近代社会の構図を暗喩する風刺がユズベクにより展開されます。「本音と建前が蔓延る社会であり、権力にアクセスするために貴族や高職位の聖職者・愛人などがこびへつらう」という構図がうまれており、これは日本の摂関政治に近いような構図であったことが伺えます。つまり、傀儡国家のようになっており、権力を部分的に牛耳る影の権力者が多数いるという構図を君主制国家ではとる形になりやすいということを指摘していました。

 

■本書の小説としての結末

専制政治ではハーレムは建前ばかりであり、支配が行き届かないと無法地帯になる・ハーレム統治の代理を担う宦官階級は宦官で自分の利権を最大限行使しようとして組織が崩壊するという様を描くことを通じて、「専制政治・自由や平等の抑圧は崩壊する」という風刺をユズベクの統治体制が外出中で崩壊する様で表現しようとし、実行されます。ハーレムが崩壊したことに対して、ユズベクは間接統治出来ないシステムと事態に対して憤りを示します。亡命生活を通じて自分が築き上げたハーレムのシステムは簡単に崩壊し、文明の価値観の違いからくる過去の自分を否定されるような思いに適応できないユズベク環境適応・冷静に考察・比較するリカという主人公に対比的な役割を与えて主題を効果的に伝えようという著者モンテスキューの技法が際立ちます。

・最終的には間接統治を強いる為に宦官がハーレムに対して粛清をかけながら体制を崩壊させるかと思いきや、実はハーレムが宦官を買収しており専制君主であるユズベクに対して反旗を翻し・貞操・清潔といった専制君主が無理強いをする理想郷のような概念は人間の権利に対する冒涜であるという強い批判が展開されて終了する結末を迎えます。

 

【所感】

「法による統治が自由や平等の権利、人間全体の幸福度・効用最大化という観点で結論である」というモンテスキューの主張が全面に出た内容でした。専制君主批判・君主制の限界と代「議制統治・法治国家が理想である」という見解を登場人物の社会評論を通じて正当化する構想は流石でした。それに加えて、キリスト教カトリック教会に対する批判やヨーロッパを周遊した知見をベースにしたヨーロッパ各国の歴史と特徴に対する評論も多数展開されており、「ローマ人盛衰原因論」・「法の精神」といった後続作品に通じる内容が垣間見えました。

・本書は小説そのもの、歴史研究としても面白いのみならず炙り出される主題も明確であり非常に考察し甲斐のある内容で、モンテスキュー三部作の中でも特に強烈な本であると感じる内容でした。ヨーロッパ史や宗教・法に関する歴史を学び直して再度読むと更に面白く読むことが出来るのだろうなと好奇心を刺激させられる素晴らしい本でした。

 

以上となります!