今回はモーゲンソー氏著の「国際政治 権力と平和(上)」を要約していきます。本書は国際政治の古典と名高い著書であり、政治は常に権力闘争であるという命題や国家の外交に「力」と「国益」という概念を導入してこそ平和が得られると主張し、後世の社会科学や政治に大きな影響を与えました。
「国際政治(上)権力と平和」
■ジャンル:政治学・経済学
■読破難易度:中(世界史・政治・経済の最低限の知識がないと各論や具体例が全く追い付いていくことができず、読むのに苦労するかもしれません。)
■対象者:・国際政治・国際関係に関して体系的な理解を深めたい方
・歴史と社会科学(政治・経済)の関係性について理解を深めたい方
・国力の構成要素について理解を深めたい方・世界の列強諸国の特徴について興味関心のある方
≪参考文献≫
■国の競争優位(上)(下)
■外交談判法
■近代世界システム
■要約≪近代世界システムⅠ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅠ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅡ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅡ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅢ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅢ後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
■要約≪近代世界システムⅣ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■国際政治の理論と実践
・本書は1943年のシカゴ大学で行った国際政治学に関する講義をベースにしています。国家間の力関係がどのように決まるか・相互作用が国際関係や諸制度にどう影響するかを論じるのが本書の位置づけです。モーゲンソーはあくまで現代政治の分析ではなく、社会科学として因果を論じるという立場をとります。
・国際政治・国際関係は表面的な各国の力関係や差分だけ論じても意味はなくて、政治システムの差分やそれが生じる背景・文化・歴史的な性質などにも理解を深める必要があります。政治の法則は人間性の中に根源を持ち、本質的にはギリシア哲学の時代から変わらないとされます。
■権力闘争としての国際政治
・国際的な活動は国の政府だけでなく、様々な国際機関などのステークホルダーが存在し、国際政治にどれだけ関与するかは国により差分が大きいです。スペインやオーストリアはかつては国際政治の中枢にいたが、今は周辺的な役割しか示さないですし、リヒテンシュタインやモナコのように何も関与しない国もいます。権力には暴力性が付きものであり、影響力の行使や交渉・情報収集が国際政治には欠かせないとされます。
・戦争は権力闘争の象徴ですが、財政圧迫や文化・文明・生産活動の発達をとめるもので、合理的とは言えないものも多いです。権力闘争には資本主義経済が発達した世界線では経済制裁もつきものであり、ブロック経済圏や自由貿易協定なども打ち手として存在します。モーゲンソーは「国際連盟は抑止力と対象範囲の狭さ故に機能しなかった」と考察します。
・帝国主義は資本主義経済と密接に結びついた思想であり、それに政治的な要素や文化的な要素が絡む場合もあるとされます。列強の資源獲得のためのアフリカ・南米・東南アジアでの植民地獲得はアレキサンドロス大王やナポレオンの動きと何ら変わらないとされます。資本家や金融機関は国の政策に則る形で動いて支配に加担していたが実態であり、主体ではないというのがモーゲンソーの帝国主義政策に関する見解です。帝国主義は結果として戦争を巻き起こすので、商工業者や中産階級に反対され、貴族階級や地主などはその恩恵を受けることができるので帝賛成というケースが多いと指摘します。
・帝国主義には軍事帝国主義・経済帝国主義・文化帝国主義の3種類の性質があるとされます。文化帝国主義の典型例は共産主義であり、これによるソ連の東ヨーロッパの間接的な支配やマルクス・レーニンの後継者としての地位を争うソ連・中国の大国の争いなどが典型例です。資本主義経済は平和を前提としており、国際貿易・関税・貿易協定などの争点はありますが何にせよ、平和を推奨し物質的に豊かな世界をもたらすという意味において19世紀・20世紀の世界の発展を大きく牽引したのは事実です。
・外交の世界において目に見えない影響力を行使した威信行為というのは様々な場面で繰り広げられます。これは文化的なメッセージや経済的な交渉も含まれます。威信そのものが目的になることはほぼ国際政治で発生せず、徳・知性・力を誇示・承認する行為は人間誰しももっているものです。威信政策は外交儀礼と軍事力の誇示の2つです。威信による抑止・間接的な影響力を発揮するというのは国際政治のポイントであり、特にヨーロッパ世界では中世以降継続的に見られた現象です。第一次世界大戦以後の数十年間のヨーロッパ社会の安定はフランスの威信によるものであり、冷戦はアメリカとソ連がイデオロギーをリードするという目に見えない力による威信による所があります。一方で、威信による間接的な支配というのは一瞬の出来事で変化しうるものであり、イギリスが数千人で数億人のインドを統治していたことも第二次世界大戦においてイギリスが日本に敗北を喫したことで、その威信は失墜して民族解放の動きに飲み込まれてしまいました。威信が実力よりも弱く見られるケースもあり、第二次世界大戦期におけるイタリア・ドイツのアメリカ参戦抑止努力不足や日本の真珠湾攻撃は明らかにアメリカを軽視していたといえるとされます。
■国力の諸要素・評価
・国力の諸要素として本書では天然資源・地理・工業力・軍備・人口・国民性・国民の士気・外交の質・政府の質をあげます。
・国家の力を形成するものとして地理は最も重要な要素であり、中国・アメリカ・日本・イギリスの優位性と東欧諸国・アフリカの劣位性は構造的なものです。イギリスの島国であることはカエサルやフェリペ二世・ナポレオン・ヒトラーなどの征服動機を制限しましたし、イタリアのアルプス山脈が中央ヨーロッパとの境目、スペインはピレネー山脈により度々ヨーロッパ世界と断絶を余儀なくされてきました。ロシアの地理的な大きさ(支配不可能)はナポレオン率いるフランス・ヒトラー率いるナチスドイツなどの対ロシア戦線での動きに影響を与えました。
・外交が稚拙であれば天然資源や地理的な要素がいくら優れていても国力や威信は一気に低下するものとされます。19世紀においてフランスが弱体化したのはビスマルク率いるプロイセンの秀逸な外交により、フランスがヨーロッパ社会における影響力を発揮できないようにしていたからとされます。ルーマニアやベルギーなど小国でも外交の力で交渉力を発揮した国やスペイン・トルコのように衰退していたのに外交の力で本来以上の影響力を発揮していた国などもあります。アメリカの外交は戦時中の影響力の乏しさなどからも明らかなようにあまり高くない時期が多いというのがモーゲンソーの見方であり、イギリスは伝統的に高いようです。モーゲンソーは世論が形成され多様な視点や利害が尊重され対話されることが民主主義の意思決定の質を担保するのに欠かせないと見なします。その意味においてジャーナリズムと議会制民主主義が並列で重要な要素になるのです。
・国力の評価には相対の概念があることが認知欠落したり、あるタイミングの評価が絶対評価と誤認になる・因果関係を無視して単一要因を絶対の要因にするなどのエラーが存在します。モーゲンソーは地政学を永続的な評価として陰謀論を生み出す似非科学であると酷評します。植民地政策や帝国主義は資本主義経済の究極系として存在しましたが、自由主義や民族主義の潮流を鑑みると永続する訳がない営みであり、物質的な豊かさや国防の観点から正当化されただけということと見なします。
【所感】
・世界史の教科書で学んだ内容と経済サイドから歴史を論じた「近代世界システム」・ビジネス観点から国の競争力学を論じた「国の競争優位」で論じられていた各論が有機的に繋がり理解が深まる内容であり、非常に好奇心を刺激される内容でした。歴史や社会科学などの学問は塗り重ねをすることで有機的に知識が結合するものであり、独自の見解やビジョンなどの美意識を養うものであり大事であるということを再認識させられました。歴史は繰り返すということと本質的な性質・関係性は長い歴史を経ても変わらないという普遍性は様々なことを考えさせるものでした。
・日本という島国という天然要塞・圧倒的な人口を誇り、農業や工業に適した生産環境を有するなどの要素が経済大国に押し上げたと共に、アドバンテージがあったからこそ後発ながら大国の一員を占める時期があったということなんだろうと考えさせられました。個人的にはイギリスや中国の政治や経済に関する理論は日本と相性が良いと考えるのですが、そうした背景の肉付けも深まる内容で考えさせられるテーマが多かったです。国力の諸要素については各論が細かすぎるので要約を割愛しましたが、一つ一つ紐解くと新たな発見や問いを形成するものであり、興味をもった方はぜひ手に取って読んでみてもらうと面白いのではと思います。
以上となります!