雑感

読んで面白かった本を要約しています。主に事業・プロダクト開発(PdM/UXデザイン/マーケティング)のビジネス書と社会科学(経済学/経営学)・人文科学(哲学/歴史学)の古典。

■要約≪権利のための闘争≫

 

今回はイェーリング「権利のための闘争」を要約します。著者のイェーリングは19世紀のドイツで生まれ育ち、ローマ法に関する深い研究をベースに論を展開しました。「闘争において汝の権利を=法を見出だせ」というのが本書の主張です。法のための闘争権利のための闘争といった近代国家・社会科学が形成される過渡期らしいテーマを取り扱います。

 

「権利のための闘争」

権利のための闘争 (岩波文庫 白 13-1) | イェーリング,R. von, 村上 淳一 |本 | 通販 | Amazon

■ジャンル:法学

■読破難易度:中(前知識は不要ですが、法律や世界史の知識があるとより深く読み解くことができえるような内容になっています。)

■対象者:・利害関係や権利に関する理論の理解を深めたい方

     ・ローマ法・法の歴史に興味関心のある方

     ・近代国家・近代社会に関して理解を深めたい方

 

≪参考文献≫

■法の精神

■要約≪法の精神 第一部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第二部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第三部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第四部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第五部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪法の精神 第六部≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

■ローマ人盛衰原因論

■要約≪ローマ人盛衰原因論≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

■統治二論

■要約≪完訳統治二論 前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

■要約≪完訳統治二論 後編≫ - 雑感 (hatenablog.com)

 

【要約】

・本書は1872年のウィーンでの法律家協会で語った演説内容の抜粋とされます。法律の根幹を形成したローマ法に言及しながら、個人の権利に関する主張を展開する仕立てとなっています。個人の尊厳を最大限尊重し、個人の権利が蹂躙されるということはあってはならないという強烈な投げかけがなされ、権利に対する攻撃が人格の蔑視を含む場合にのみ闘えと何度も主張されます。

 

■第一の命題に関する論証

「権利のための闘争は権利者自身の義務である」イェーリングが本書で論証する第一の命題です。

・法律の発達により、個人の権利が担保され社会的な協業が促進され不毛な争いが減ったことは明確であり、それは社会全体の生産性や幸福度を大幅に改善した最大の功績であると著者は主張します。法の下に人は平等であるべきという考え方はローマ法の根本にある考え方であり、ローマ帝国の慣習をベースにしたヨーロッパ諸国に深く根付いた根本的な考え方は法秩序の精神の基本とされます。

自己の権利を侵害されたとして、そのままにしておくことは理不尽な支配や侵略を是とするものであり、法秩序を維持するためには何であっても蹂躙された当人は抵抗・闘争しないといけないというのが本書の根幹をなす主張になります。権利保持と平和はトレードオフになることもあり、それでも人間が人間らしく生きて権利が侵害されない社会のためには強く抵抗することを様々な事例を交えて推奨します。この権利保持のための闘争は人間の義務であるというイェーリングの主張は「法秩序による支配・万人の権利が担保された社会は部分から崩壊していく繊細なシステムである」という考えに基づいています。

敗訴者に関する明確な処罰を課することにより、権利に関する闘争が報いを与えるものであるようにローマ法はデザインしてきました。名誉棄損や権利侵害に対して抵抗・逃走する権利を法律は定義するのが個人の権利を保持するための必須条件であり、個人は行使して自分の取分を守ると共に侵害をしてはならないと本書では主張されます。肉体的苦痛に対して抵抗するのと同じで、倫理的な自己保存の法則というのは避けて通れないものであり、法律はこうした権利や配分は適性に定めて運用することで秩序を構築するべきなのだと本書では重ねて主張されます。

 

■第二の命題に関する論証

「権利の主張は国家共同体に対する義務である」というのがイェーリングの第二の主張です。公法と刑法の実行は国家の義務であり、私法の実行は私人の義務であるということがローマ法以来区分けされているようです。「自分の身は自分で守るを徹底しないと秩序が崩壊する」ということは私人の国家に対する義務と言えるということだとイェーリングは主張します。他人の権利が蹂躙される事態を見過ごすというのはあらゆる人の権利が侵害されるリスクをはらんでおり、私人も抵抗することで秩序を守る義務があるということです。

法律違反は誰かの権利を侵す行為であり、だから公共勢力は法による裁きを徹底し抵抗する権利を行使しているということになります。また、この抑止作用による目に見えない作用が法による支配、秩序を形成しているのです。ローマ法は物的な取引の配分に関しては明記しているが、法を犯した道徳への罰、侵害された精神的な苦役に関する言及がなく物質主義を促進していると本書では非難されています。ヨーロッパ各国ではローマ法をベースに名誉や道徳、秩序侵害に不随する権利剥奪という精神的な苦役を伴う罰、法による抑止作用に至る発展を遂げます。傷つけられた権利感覚に関する抵抗について個人はしないといけなく、法が正当化しないと万人の万人による闘争状態に影響なりうるリスクがあるのです。

 

【所感】

・法律の歴史的発展の経緯や学問的特徴に関して理解を深めることのできる内容になっており、非常に読み応えのある内容でした。モンテスキューが「法の精神」においてあれだけローマ法を参照・論証している意味についてもよく理解ができましたし、それだけヨーロッパ大陸の歴史というのは重んじるべきものなのであるということが再認識できました。後の近代国家の重要論点となる資本主義経済・自由主義普通選挙制度などについても本書は間接的に影響を与えているのだということがよくわかりました。

・法秩序を形成するには私人・個人も相応の振る舞いをしないとだめであるということをこれほどに厳しく主張しているのは本書が珍しく感じましたが、現代となっては当たり前となっているこの状態・感覚を軽視してはいけないのだなと考えさせられる内容でした。ホッブズリヴァイアサンで言及される「万人の万人による闘争状態」がここで繋がるのかと考えさせられるなど様々な社会科学分野の知見が有機的に結びつく読書体験を得ることが出来、非常に面白い本でした。時間を置いて法や歴史について理解を深めた後に読み直したいと考えさせられる素晴らしい本でした。

 

以上となります!